このまま自粛モデルでいくのか、禁止モデル・監視モデルを取り入れるか?

第二波、あるいは次なる未知のパンデミックへの備えが必要

日々報道される、首都圏の新型コロナウイルス新規感染者数は、取り敢えずその絶対値のトレンドだけを見ると、収まりつつあるように見えます。

第一波(武漢株を第一波、欧州株を第二波とカウントする考え方もあるようです)は、取り敢えず、素人目には収束間近と見ていいのではないかと思えます。
専門家の判断が待たれるところです。

 

第一波が抑えることが出来つつある(かのように見える)現状は、必要にして十分な備えをして立ち向かった結果なのか、偶然が積み重なった僥倖なのか、今後の検証が待たれるところです。

 

新型コロナウイルスに関しては、未知の部分が大きいので、感染症の専門家によっても、意見が分かれることが多そうです。

 

しかしながら、「どのような波形・規模でやってくるか分からないが、第二派は、間違いなくやってくる」という意見は、専門家の間ではほぼ共通しており、確実視されているようです。

 

 

ワクチンが開発されていない、このたびの新型コロナウイルスに対しては、「人と人との接触を制限する」というアプローチでしか立ち向かうことは出来ません。

国によって、具体的なモデルは後述のように幾つかのパターンがありますが、基本的な考え方は接触制限アプローチということで共通しています。

具体的には、

・人の外出を制限する
・お店(+その他)の営業を制限する

ということです。

 

人と人との接触を制限しない、ピークカット戦略(集団免疫戦略)は、少なくともこのたびの新型コロナに対しては、有効な戦略ではありませんでした

初期の英国が採用していましたがいち早く失策を認めて接触制限アプローチに転換しました。
スウェーデンは未だにピークカット戦略(集団免疫戦略)を続けていますが、よく言うと「壮大な社会実験」ですが、私には、ごく控えめに言っても「バクチを打っているだけ」にしか見えません。
某ブラ○ルは・・・うーん、何なんですかね?

 

 

 

我が国は、第一波は自粛モデル(詳しくは後述)で乗り切りつつありますが、来る第二派を、そして何十年後か分からないが、次にやってくる未知なるパンデミックを、再びこの自粛モデルで立ち向かうのか?というのを、今、よく考えておくべきだと思います。

 

 

 

パンデミックに備えた、社会・法の制度の分類

以下は、学術的なものではなくて、私がざっくり提示するものですが、

(1)自粛モデル
(2)禁止+罰則モデル
(3)監視モデル(禁止+罰則+監視モデル)

と分類できるかな、と。
よく見るとMECEになっていない点はご容赦を。

 

(1)に行くほど、小さな政府で、自由な社会です。
(3)に行くほど、強権的な、大きな政府で、窮屈な社会です。

(尚、ここでは、補填・補償の有無については触れません。
以下の話の本質とは関係ないからです。)

 

 

 

 

(1)自粛モデル

我が国は、緊急事態宣言を発令しつつも、人々の外出やお店の営業を罰する法的根拠はなく、否応なく自粛モデルで第一波に立ち向かわざるを得ませんでした。

政府は、あくまでも、「外出しないように」、「お店は閉めてください」と自粛を呼びかけるだけであり、法的に罰則を課す事はできませんでした。

しかしながら、我が国独自の重要なポイントは、政府が法的に加罰することは不可能だったものの、社会が加罰したという点です。

陽性が判明したのに高速バスで帰省して郷里にウイルスを撒き散らした人や、コロナ感染疑いがありPCR検査を受けて結果待ちであるにも関わらず県境を越えて整形外科を受診した人のケースなどは論外としても、緊急事態制限下での様々な外出活動、お店の営業活動に対して、バッシングが行われました。

これらは、法に拠らない、マスメディア・ソーシャルメディアによる私的な制裁と言えます。

世間の目が怖くて、多くの人が外出を、お店が営業を自粛したのです。

https://news.yahoo.co.jp/byline/tachibanaakira/20200518-00176605/

橘玲氏は、伝統的な村八分の考え方に基づく、同調圧力と道徳警察によって社会が統制されたものであり、法に拠らない権力の行使はファシズムであると指摘しています。

 

 

(2)禁止+罰則モデル

米国も欧州各国も、その他多くの国々が、このモデルです。
法律によって、人の外出、お店の営業を禁止しています。
これを破った人、お店に対しては、罰則を課しています。

シンプルで分かりやすいですね。

外出する自由、食い扶持を稼ぐためにお店を営業する権利を制限するというのは、よほどのことです。しかしながら、今が、それほどまでの事をやらなくてはならない非常事態だというコンセンサスがあり、これを背景として、政府が法に基づいて権限を行使しているのです。

 

 

(3)監視モデル(禁止+罰則+監視モデル)

既にビフォア・コロナの時点から高度な監視社会が実現していた中共においては、政府による国民の監視によって、綿密な感染経路調査を行いました。

外出する人には、必ずスマホに追跡アプリをインストールさせ、地下鉄に乗る際はどこの車両のどこら辺に乗車したのかQRコードを読み取らせて登録し、街中に張り巡らした監視カメラで顔認証して人物を特定しています。
ここまでやれば、一人新たに感染者が発生したとしても、その人の行動履歴を100%完璧にトラッキングし、全ての接触者をリストアップすることが可能になります。

韓国もこのモデルです。5月1日に梨泰院のゲイクラブでクラスタが発生した際は、クレジットカードの使用履歴(韓国はかなり早い時期からクレカ社会なので、コンビニで数十円程度買い物した時でもだいたいクレカを使います)、携帯電話のGPS行動履歴、街中防犯カメラ撮影記録を元に、ゲイクラブに出入りしていた事実がアウティングされてしまうことも構わず、警察が8.5千人体制の人海戦術で感染経路調査を行っています。

 

ちょっと私達、日本人の感覚では、「ありえない」ですね。

蕨市では、平成30年度(2018年度)に140台の防犯カメラを市内に防犯目的で設置しました。純粋に防犯目的であり、しかも、どこかでリアルタイムにモニタリング出来るわけではなく、スタンドアロン型であるにもかからわず、多くのプライバシー侵害への懸念の声があったことが思い起こされます。

 

しかしながら、中共、韓国は、いち早くコロナ感染の第一波を乗り切り、グリーン国となりました。

 

「そこまでやるのかよ!」という、この監視モデルですが、ここまでやれば、第二波や次なる未知のパンデミックに対しては、中共や韓国を見れば分かるように、かなり強力に対抗することが出来ます。

 

(尚、単純に「禁止+罰則」を伴わない、シンプルに監視のみの「監視モデル」というのは、なかなか成立しないのではないかと思います。)

 

 

 

今後も自粛モデルを続けることは、危険

我が国は、今後も、第二波に対して、そして次なる未知のパンデミックに対して、この不安定な自粛モデルで戦うのか?

私には、これは、綱渡りのバクチに見えますね。

第一波はうまく乗り切りつつあります。
次もうまくいくかどうかは分かりません。

詳しくは、疫学的な専門家の分析を拝見したいとも思いますが、少なくとも言えることは、「人と人との接触8割減」という非常事態宣言における目標数値は、達成出来ていませんでした。

 

 

 

我が国のconstitutionをどうデザインするか?

このテーマは、畢竟、我が国のconstitution論なのです。

狭義の憲法論に留まらず、この国の広義のconstitution(=国体)を、どのようにデザインていくか?という話なのです。

 

この国のconstitutionは、今のままでいいのだろうか?
新型コロナウイルス第二波、次なる未知のパンデミックに対して、引き続き自粛モデルで戦っていくべきなのかどうか?

 

 

私の考え

この稿では問題提起に留め、私の考えを詳しく書くのは次の機会に。

私の考えをご参考までに一言だけ述べておきますと、私はもちろん、先のエントリで書いたように、禁止モデルに移行すべきだと思います。

なぜパチンコ屋ばかりが槍玉に挙げられるのか?

監視モデルは嫌ですね。生理的に気持ち悪い。政府に監視されるくらいなら野垂れ死んた方がいいです。あ、でも、家族が死んだり、自分が原因で誰かに感染させてしまうのは嫌ですね。それならば仕方ないと受け入れられるかも。

・・・と、まあ、このように、constitution論というのは、個人的な好き嫌い、感覚で語るべきものです。緻密に理屈を積み上げて考えるべきものではありません。


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