半沢直樹の気に入らないところ

言うまでもありませんか、今、2ndシーズンを放送中の『半沢直樹』、もちろん私も大好きです。

どのような形であれ、組織の中で仕事をしたことがある人ならば、半沢、好きですよね。
半沢の危機に手に汗を握り、半沢の活躍ぶりに胸がすく思いがして、感情移入しないではいられません。

逆に、半沢を好きじゃない人っているんですかね?

 

 

しかしながら、半沢直樹で、唯一気に入らないところは、暴力が肯定的に描かれているところです。

 

勧善懲悪シナリオなので、善の半沢に対して、悪玉の敵方が存在するわけですが、善サイド、悪サイドともに暴力的です。

 

悪サイドが暴力的なのは、まあ、設定としてはアリでしょう。

大和田常務の暴力は、完全にパワハラの領域です。(今シーズンからは共闘関係にありますが)
黒崎検査官は、男子のキ○○マを潰れるほど握り締めてしまいます。(今週放送分から半沢サイドに付きましたけど)
あまり仕事ができなさそうなゲザリスト、箕部幹事長も、ここぞというシーンでは、顔を歪めて大声を上げて相手を恫喝します。

 

しかしながら、善サイドの半沢も、敵方に決断を迫ったり、対決するシーンにおいて、机をバシーンと叩いたり、大声を上げたりします。

 

 

私は、どうもこれだけは受け入れられません。

手を上げて相手の身体の一部に触れるだけでも(ほんの一瞬、ふわっと触るだけだとしても)、それは暴力です。
手を振り上げて殴りかかるふりをしたり、それどころか、大声を上げたり、机を叩いたりすることも、暴力の一つです。

 

 

私は、これが気に入らない。

交渉のシーンで、大声を上げたり、机を叩いたり、相手に触ったりするのは、どうにもこうにも受け入れられません。

善サイドは、暴力を一切用いないで戦うべきだし、その上で、勝つべきだと思います。

 

 

TVドラマ、映画、漫画などの大衆作品は、その時代の空気感を表しています。

 

戦争映画、ポリスアクション、ギャング映画、時代劇の主人公が暴力を用いるのは、まあ、分かる。

そうではなく、ビジネスマンのスーパーヒーローである半沢直樹が、なぜ暴力を用いなくてはならないのか?

 

現代のスーパーヒーローである半沢直樹が、広義の暴力を用いるということは、現代の日本社会が、この種の広義の暴力を肯定的に受け入れる潜在意識を持っているということに他なりません。

 

このように考えると、暗澹たる気持ちになります。


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