国民国家には、建国の神話、建国の父が必要。

先のエントリの続き。

どこのネーションステートにも、必ず建国の神話があり、建国の父がいる(母でもいいんだけど)。

神話は、子供でも理解でき、伝言ゲームのように意味内容が改変されることなく永続的に後世に残していくために、分かりやすく、シンプルでなくてはならない。

我が国には、神武天皇の国造りの神話があり、建国の父である神武天皇がご即位遊ばされた日を紀元節としてお祝いしている。

インドは、イギリスから独立した戦いが国造りの神話だ。実際に独立運動のリーダーはたくさんいたのだろうけど、神話はシンプルでなくてはならないので、マハトマ・ガンジーただ一人が建国の父ということになっている。至る所に、というほどでもないが、街に一つくらいは銅像が建っているみたいだ。

(ムンバイ市内のガンジー博物館にて)

米国であれば、イギリスからの独立の神話があり、初代大統領のジョージ・ワシントンとか、独立宣言を起草したトマス・ジェファーソンとかが建国の父ということになる。

ベトナムでは、ホーチミンおじさんが建国の父ということになっている。

(2013年1月、サイゴン市内にて)

中国では、毛沢東が建国の父だ。

(2008年11月、北京の天安門)

北朝鮮では、金日成。

 

他人事なので完全に余計なお世話だけど、かわいそうなのは、建国の神話と建国の父がないネーションステートだ。

韓国は、自らの独立を求めて戦ったことがなく、建国の神話がないし、建国の父もいない。ソウル市内には李朝時代の王宮が残っているが、李朝は滅びた過去の王朝という位置付けであって、歴史は断絶している。
神話がないからこそ、単なるテロリストである安重根を祭ったりしてしまうわけだ。もちろん、安重根は、何かを造ったわけではなく、何かを壊したに過ぎないので、建国の父にはなり得ない。

(2012年4月、ソウル市内の安重根義士記念館敷地内の銅像)

そして、実は、台湾も有効な建国の神話が存在しない。
もちろん、元々は外来政府である中華民国政府(国民党政府)の建国神話は、台湾人にとっては神話にはなり得ない。台湾人は台独を求めて中華民国政府(国民党政府)と血を流して戦った体験があるので、建国の神話を作る素地は持っており、いずれ、美麗島事件の英雄とかを建国の父とした建国の神話を作ることになるのかもしれないが、まだ一世代か二世代分くらいの時間が必要だろうね。

(2003年1月、台北の国立中正紀念堂。ここに祭られている蒋介石は、中華民国の建国の父ではあっても、Taiwanizedされた台湾の建国の父ではあり得ない)

正月のインド旅行中にこんなことを考えました。


神話以前と神話以降

かねてより、共和制国家の連中は野蛮だな~、と思っていた。
例えば、フランスなんかは、フランス革命において、自分たちの王様をギロチンで処刑してしまった訳で、万世一系の皇室を戴く日本人からすると、想像を絶する。歴史への畏怖とか、昔から連綿と続いてきたモノに対する敬意のようなものがないんだろう。歴史とか昔から続いてきたモノについて思いを巡らすことが出来ないということは、人ではなく畜生と一緒であって、野蛮以外の何物でもない。自分たちの歴史を大切に出来ない連中には、他人の歴史に敬意を払うことも出来ないし、それは、非寛容な態度を生むことになる。と、以前は考えていた。


アグラーのタージマハルに行った。
左右対称の白い大理石の建築物は有名で、ここは、外から侵略してきたムスリム国家であるムガル王朝時代の皇后様のお墓なのだが、インド人は、このお墓を観光資源として活用し、見世物にしているわけだ。外から侵略してきて、イスラム教というインドの中ではマイナー宗教をベースにしていて、しかも遥か昔に絶えた王朝とはいえ、かつての王族のお墓を見世物にするという発想は、やはり日本人には理解しがたい。そしてここに観光にやってくるインド人たちも、このお墓に眠るかつてのムガル王朝の皇后様に敬意を払って頭を下げるでもなく、きゃっきゃと喜びながら記念撮影に興じている。一見してムスリムと分かる服装のインド人にしても同じで、呆然とした。


デリーのフマユーン廟。
ここも、ムガル王朝時代の王様のお墓で、ムスリムっぽいインド人のツーリストもいるのだが、死者に敬意を払うわけでもなく、みな記念撮影に余念がない。

インドも共和制国家だから野蛮なんだな~と最初は思っていたのだが、よくよく考えてみると、もしかすると「共和制国家の連中は野蛮」というのは、間違っているののかも、と思えてきた。

「人は、建国の神話以前の時代には敬意を払えない」というのが本質かも。

我が国の建国の神話は、660年B.C.に神武天皇がご即位遊ばされた時からスタートしている。我が国の歴史では、この年から皇紀のカウントがスタートするし、即位した日である2月11日は、今でも紀元節としてお祝いをしている。実際に660年B.C.に即位したかというと多分作り話なのだが、私たちの神話の上ではそういうことになっている。当然、神武以降は尊崇の対象となっている。
逆に、神武以前すなわち神話以前の縄文、弥生時代の日本人は、私たちにとっては血が繋がっている先祖であるにも関わらず、敬意を払う対象にはなっていない。縄文遺跡とかを訪れても、それは学問的興味関心の対象にとどまり、首を垂れて敬意を払うことはしないし、発掘して出てきた骨を博物館に飾って見世物にしたりする。

イギリスの植民地だったインドは、1947年に独立したわけだけど、彼らの建国の神話はこの時に始まったわけだ。1947年以前=神話以前の時代ということになるわけで、現代のインド人がムガル王朝時代の王族の墓を見るときの感覚は、私たち日本人が縄文人の墓を見るときと同じような感覚なのだ。

正月にインド旅行してきて、こんなことを考えました。