ガソリン補助金は公平か?

ガソリンの価格高騰が続いております。

この事態に対応して、我が国において、時限的な措置としてガソリン補助金が配られ続けています。
あくまでも時限的な措置なので、いずれはガソリン補助金は廃止されるべきもので、今時点の措置は、本来であれば、9月末で終了する予定とのことです。

 

 

最新の世論調査によると、
79% 継続すべき
15% 継続すべきではない
だそうです。

 

このような世論の動向を受けて、

自民党中央は「継続すべき」という提言を出すようですので、まあ、おそらく、10月以降も継続されることになるのでしょう。

 

 

このような状況で、ガソリン補助金に反対を唱えることは政治的リスクを伴いますので、私の意見をここで表明するのは差し控えておきましょうw

 

 

ここで、考えておかなくてはならないのは、ガソリン補助金は公平だろうか?ということです。

政治、行政における、あらゆる政策、仕組み、制度、は、公平を目指すべきです。

完全な公平は難しい、あるいは無理だとしても、出来るだけ公平を目指さなくてはなりません。

 

 

ガソリン補助金は、公平だろうか?

例えば、

クルマを持っている人と、持っていない人がいる。
クルマ保有者はガソリン補助金をもらえる。
クルマ非保有者はガソリン補助金はもらえない。

クルマには、燃費のいいクルマもあれば、悪いクルマもある。
燃費の悪い、大きなエンジンの高級車に乗っている人は、ガソリン補助金をたくさんもらえる。
燃費のいい、EV、HVや軽自動車に乗っている人は、ガソリン補助金を少ししかもらえない。

たくさん走る人もいれば、少ししか走らない人もいる。
趣味やレジャーのためにたくさん走り回る人は、ガソリン補助金をたくさんもらえる。
ほとんどクルマを動かさない人は、ガソリン補助金を少ししかもらえない。

 

 

どう考えても公平ではないですね。

 

 

激変緩和のため、という理由があるならばいいんですよ。

物価上昇、原油価格上昇に対応して、本来であれば賃金も上昇して、良いインフレが起こるべきところ、あまりに上昇ペースが早過ぎるために、一時的に問題が生じており、これを打ち消すため、ということであれば、アリです。

しかしながら、今般のガソリン価格高騰の原因は、コロナ禍が明けて経済が一斉に回り出したことによる世界的な需要逼迫等の一時的な要因もあるものの、円安といった構造的な要因もあり、更には、ウクライナ戦争は当初の大方の予想以上に長期化しており、ロシア・共産中国といった専制国家の脅威が高まる中で、世界は再びブロック経済化していく可能性もあり、もはや一時的な激変事態ではなく、長期的、構造的な事態とも言えます。

 

 

そもそも、ガソリン補助金の原資は、どこから出てきているのか?

結局は、税金なんですよ。
広く薄く集めた税金を、補助金として配っているわけです。
今まで無かった補助金制度を新たに作るのならば、増税が必要です。

増税をせずに起債(借金)してまかなうのであれば、それは「将来の子どもたちへのツケ」以外の何ものでもありません。


あらゆる夫婦別姓制には断固として反対

産経新聞 2018/6/14 : 野党6党派、選択的夫婦別姓法案を共同提出 野田聖子総務相は距離置く姿勢

国会において、野党が共同で選択的夫婦別姓法案を提出したとのことです。

 

蕨市議会webサイト : 陳情第3号 選択的夫婦別姓の導入を求める意見書を国へ提出することを求める陳情

この動きに先んじて、ただ今開会中の蕨市議会においても、こんな陳情が出されてます。
現在の蕨市議会においては、私が所属している自民党系会派:新生会は定数18のうち9議席を占めていますが、議長を輩出しているので、賛否を問うた場合は8人となります。
先日の総務委員会では、公明党の議員も、ただ一人の無所属議員も賛成に回っていましたので、本会議で採決するときは、自民党系8人以外の9人が賛成しますので、この陳情は可決されるでしょう。

そもそも、国政において自民党と連立政権を組んでいるはずの公明党が、このような、根本的で本質的な国家観、社会観を問うテーマにおいて、考えを異にするのかはまったくナゾであり、理解不能です。
先日の総務委員会における賛成討論を聞いていましたが、何を言っているのかさっぱり理解できませんでした。公明党は本気で選択的夫婦別姓に賛成なんですか?そうであれば、根本的な国家観、社会観が異なるということになりますので、連立を解消せざるを得ないを思いますけどね。機会があれば公明党の言説を詳しく掘って調べてみますが、本稿では取り敢えず、横に置いておきます。

 

 

夫婦別姓は、家族を破壊する

選択制とそうでないとを問わず、あらゆる夫婦別姓制には反対します。

夫婦別姓は、家族を破壊するものだからです。
社会の最小単位である家族を破壊し、個人にまで分解してしまおうという、恐ろしく、おぞましい考え方だからです。
家族が破壊されるということは、社会が崩壊するということです。

 

このテーマは、
・夫婦同姓と夫婦別姓の、どちらが便利か、不便か?
・夫婦同性は女性差別ではないのか、夫婦別姓の方が男女平等ではないのか?
というフレームワークで考えるべきものではありません。

 

夫婦別姓は、家族を破壊する恐ろしいものであり、これを受け入れるのか、退けるのか、という根本的な国家観、社会観を問うテーマです。

 

そんなの大げさ過ぎる、たかだが姓が異なるだけで、家族が壊れるわけないじゃないか、うちの家族の心は一つにまとまっているし、そんな脆いものじゃない、という人もいます。

いやいや、夫婦の姓が異なり、夫婦のどちらかと子供の姓が異なるのが常態となれば、100年、200年と経つうちに、少しずつ確実にその家族は壊れていくでしょう。
社会全体を見渡すと、具体的には、離婚率の上昇、子供の成長への悪影響という形で現れてくるでしょう。

そして、夫婦別姓は、一度取り入れると、もはや元に戻すことはできないのです。

百歩譲って、
「絶対確実に家族が壊れる」と言えないとしても、逆に、「絶対確実に家族が壊れない」と言うこともできません。家族が崩壊する可能性がごくごくわずかでもある以上、なぜそのような恐ろしい制度改悪を敢えて行わなくてはならないのでしょうか。

便利だから?女性差別をなくすため?
不便よりも便利がいいでしょう。
女性差別はもちろんよくありません。
しかしながら、家族が崩壊してしまっては元も子もありません。

 

 

夫婦別姓の主張の裏に隠された、恐ろしい真の目論見

夫婦別姓はいいじゃないか、便利だし、女性差別をなくすものだし。
選択制ならば、同姓にしたい夫婦は今まで通り同姓にすればいいんだから、いいじゃないか。
こういう人はたくさんいます。

自民党系、保守系の支持者の中にも、そのように考える人はたくさんいます。
冒頭で引用した産経の記事にあるように、某現職国務大臣は、自民党の幹部の一人でありながら、夫婦別姓を進めようとしています。

自民党系、保守系でありながら、夫婦別姓に賛成する人たちは、夫婦別姓が家族を破壊し、社会を崩壊させる恐ろしい考えであることに思い至らないのでしょうか?
少なくとも知性を持ち、経験も豊富な国会議員であれば、夫婦別姓がどれほど恐ろしい危険な主張であるか、気がついていないはずがありません。
もし仮に、危険性に気がついていながら、自らが女性であることをアピールする材料の一つとして立身出世に利用しようとしているのだとしたら、本当に残念なことです。

 

繰り返しますが、
夫婦別姓は、社会の最小単位である、家族を破壊するものです。
家族が崩壊すれば、自ずと社会も崩壊します。

この裏にあるのは、社会を転覆して、自らが考える新しい理想郷を築き上げようという、マルキシズムのドグマそのものです。

もし仮に、私がマルキシストであり、理想郷を築き上げるために社会を転覆しようとするならば、社会の中心を破壊するか、社会の最小構成要素を破壊するか、どちらかを狙います。
私達の社会の中心に在るのは、皇室です。
私達の社会の最小の構成要素は、家族です。
極めて効率がよく、シンプルな考え方ですね。
そして、「社会を転覆したい」という真の意図は隠します。そりゃそうでしょ。
結婚して改姓した女性は、多かれ少なかれ、不便を強いられた体験があります。
「社会を転覆したい」という真の意図を隠して、「不便を解消して、便利にしよう。女性差別を廃絶しよう!」と耳に心地よいことを唱えて夫婦別姓論への同意を求めます。そりゃそうでしょ。

このような邪悪な連中に騙されてはいけません。

 

 

夫婦別姓論とは徹底的に戦う

夫婦別姓論議は、社会を守ろうという、私達、保守勢力と、社会を転覆しようという邪悪な勢力との戦いなのです。

冷戦終結と共に、世界史的には共産主義は滅び去りましたが、未だにマルキシズムの亡霊は隙あれば社会を転覆してやろうと蠢いています。

家族を愛し、国を愛し、将来に責任を持つ者ならば、このような恐ろしい夫婦別姓論には、あらゆる手段を尽くして反対しなくてはなりません。


自民党 埼玉第15選挙区支部 会議がありました。

昨日2013年6月5日(水)、蕨市内の某とんかつ屋ラ・テラス大作にて、自民党 埼玉第15選挙区支部 会議が行われました。

埼玉第15選挙区支部とは、衆議院議員選挙の選挙区である、蕨市、戸田市、さいたま市桜区・南区によって構成され、通常、政党の選挙区支部長は、そこの衆議院議員(または衆議院議員候補予定者)が就いています。
自民党 埼玉15区支部の支部長は、田中良生代議士であります。

会議においては、田中良生代議士以下、各県議、各市議が集まりました。

2013/6/5 自民党 埼玉第15選挙区支部 会議

テーマは、2つ。

  • 先日のさいたま市長選(2013年5月19日投開票)の慰労。

我が自民党は、民主党を母体とする現職に敗北しました。
残念です。

  • 来る7月の参議員議員選挙における、選挙体制について。

埼玉県選挙区は今回改選分は定数:3であり、現在は、古川俊治氏(自民党)、行田邦子氏(民主党→みんなの党)、山根隆治氏(民主党)が議席を有しています。

この埼玉県選挙区は、自公連立政権下における、自民党と公明党の選挙協力における重点モデル選挙区みたいな扱いをされていて、我が自民党は、現職の古川俊治氏に公認を出した他、公明党公認の矢倉かつお氏に推薦を出しております。

 

先日、記者会見において、古川俊治議員は、公明党との選挙協力について、不満の声を上げました。

自公の選挙協力、「埼玉発」の火種 公明新人推薦に自民現職が批判(2013.6.4)

私個人的にも理解しがたく、また納得しがたい部分もあり、そもそも、自民党の「上の方」からしっかりとした説明を受けていないこともあり、ちょっと言いたいこともあるのですが、大人の事情的なアレで、書くのは止めときます。


たかが市議、市長と雖も確たる歴史観、国家観が求められる

市議、市長は、市全体の利益を第一に考えるべきものです。

では仮に市全体の利益(市益)と国家・国民全体の利益(国益)が対立する状況に至るとすれば、市議、市長はどのように判断、行動すればいいのでしょうか。集落単位の移転を伴うダム建設受入れ、その性質上住民を巻き込む事故が起こる可能性もある軍事基地の移転受入れなど、市益と国益が対立する状況は、(本市において現在はありませんが)全国各地では様々見られます。

まず第一に市議、市長は、そのような市益と国益の対立図式が起こらないように、本市にダム建設や軍事基地新設の動きが起こらないように、交渉、行動すべきです。市益の代表者である以上、市の利益のために、国と闘うべきです。
しかしながら、治水のためのダム、安全保障のための軍事基地はどこかに必要なものであり、どこかの自治体が受け入れなくてはなりません。国全体の視点で総合的に考えて本市が受け入れるのがベストであろうと考えた場合、市議、市長は、腹を切り首を差し出しつつ、市益よりも国益を優先しなければならない状況も出てくるかもしれません。

その際は、私欲を捨て、己の信ずる歴史観、国家観に基づき、ブレずに判断すべきものと考えます。
すなわち、たかだか市議、市長と雖も政治家である以上、確固とした歴史観、国家観と、必要とあればいつでも腹を切る覚悟が求められます。

市民の皆様におかれましては、市議あるいは市長に会った際に、歴史観、国家観を尋ねてみてください。
「大東亜戦争(あるいは第二次世界大戦)は我が国にとっていかなる戦争だったのか?」
「100年後の我が国は、どのような国であるべきなのか?」
その人物を評価するにあたり、政策や人柄だけをみていてはいけません。
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こちらの原稿は、
蕨市議会 保守系会派 新生会の広報誌「新生会ニュース」用に、蕨市民の皆様に読んでいただくことを想定して書いたものです。
発行タイミングを変更して掲載記事を見直すことになりそうなので、こちらのブログにアップします。

Sinn 142Ti GSG9

メカ好きなので、当然、バイクも腕時計もいくつも持ってますが、

この、Sinn 142Ti GSG9、9年前に、当時在籍していたい会社がIPOした記念に手に入れたものです。
やっと修理から戻ってきた( ´ ▽ ` ) けど、修理代高かった(´Д` )
2年前の正月に中共に遊びに行った折り、西双版納で針が動かなくなってしまいました。
正規輸入品なのですが、なかなか保証書が見つからず、修理に出すのが遅くなり、先日、ようやく修理から帰って来ました。
GSG9は、旧西ドイツの国境警備隊であり、冷戦時代、鉄のカーテンの最前線で、共産主義の脅威と戦った3個中隊からなる特殊部隊です。
この時計はGSG9の正式採用モデルです。
共産主義は、ベルリンの壁崩壊に始まりソ連消滅に至る90年代初頭に世界史的には壊滅しましたが、私が住む蕨市では、何故か共産主義者が市長を務めております。
共産主義は、自由と民族の伝統を否定する邪悪な思想であり、私は徹底的にこれと闘います。
この時計を腕にしているとき、旧西ドイツのエリート部隊の兵士たちが、そして、自由世界のために戦った数多くの軍人、官僚、インテリジェンス専門官、政治家たちが、私に力を与えてくれているような気がします。

私の政治的ポジションについて

昔からある考え方、歴史、伝統、文化、人と人との付き合い方、お祭り、言葉、習慣などを大切にしていくべきだと考える保守主義者です。
ご参照:ブログ 保守のあるべき姿
自由民主党の党籍があります。
このたび2011年6月5日投票の蕨市議選には、無所属として立ちます。
配布資料等では、「保守系無所属」と記し、保守主義者であることを明確にしています。
祖国日本国を愛しています。
祖国に危機があれば、いつでも武器を手に取って戦う覚悟があります。
(比喩的な意味、実質的な意味、両方で)
国旗や領土、領海は、命を掛けてでも守るべきものだと考えます。
皇室を心から敬います。
国のために戦った靖國の英霊を敬います。
日本民族の歴史と自由を否定する共産主義と闘います。

保守のあるべき姿

保守とは、昔からある歴史、伝統、文化、習慣、人と人との結びつき、考え方を尊重し、守っていこうという態度です。

昔から存在し続けているものは、ただそれだけで正しいのです。
何故ならば、生物における進化論と同じで、間違っているものは自然に淘汰され、正しいものだけが生き残ってきたからです。
つまり、同語反復になってしまいますが、「昔からあるものは正しい。何故ならば、それは昔から存在し続けてきたから」ということです。
しかしながら、物事や思想の流行、主に技術革新による人々の考え方、人と人との付き合い方の変化によって、昔からある歴史、伝統、文化、習慣、考え方は、時代遅れとして批判、攻撃されることがしばしば起こります。
また、得てして若者にとっては昔からあるものは古臭く感じられ、真新しいものが魅力的に見えるものです。
古くからある正しいものを守るためには、常に新しいもの中から善きものをうまくピックアップして消化し取り入れつつ、新しくて間違ったものを排撃し続けなくてはなりません。
つまり、あるべき保守主義者は、ただひたすら古いものを頑なに墨守すれば良いわけではなく、常に新しいものからの挑戦に対して闘い続けなくてはならないのです。