本年、令和7年(2025年)10月26日、初の外遊となる、日ASEAN首脳会合出席において、高市首相は、「自由で開かれたインド太平洋」の実現を訴えました。
10月28日、トランプ米大統領来日に際し、米海軍横須賀基地の空母USSジョージ・ワシントン艦内における合同の演説において、高市首相は、日米同盟の強化を謳った上で、「インド太平洋を自由で開かれたものとし地域の平和と繁栄の礎とする決意を新たにした」と語っています。
我が国が、インド太平洋地域における平和の実現に貢献していくという決意を示したものです。
私としては、この姿勢に対して、全面的に賛同します。
衰退しつつあるとはいえ、依然としてこの地域の大国である我が国が、相応の責任を果たさないと、この地域の平和と安定は脅かされてしまいます。
「インド太平洋」は新しい言葉
「インド太平洋」という言葉は、インド洋から西太平洋までの地域が、一つの安全保障環境を為している、という歴史観がベースとなっています。
このインド太平洋 Indo Pacificという地域を指す概念、私が大学生だった1990年代半ば頃には、ほとんど用いられなかった言葉なんですよ。
当時は、この種の文脈においては、アジア太平洋 Asia Pacificという言葉が用いられていました。
つまり、インド洋は含まれていなかったわけです。
1990年代は、インド洋地域は、平穏でした。
中印対立は当時からありましたが、あくまでもランドパワー同士の対立に留まっていました。
アジア太平洋 → インド太平洋という概念に置き換わってきたのは、せいぜいここ15年間くらいです。
「アジア太平洋」から「インド太平洋」への転換の背景
この背景にあるのは、
- 益々進むグローバリゼーション
情報、お金、モノのグローバリゼーションの流れは、留まることはありません。
私は、グローバリゼーションは、人類文明の歴史的必然だと断定します。人類は、文明の誕生以来、常に他者との交流を求めてきました。もし仮に、宇宙人や地底人が発見されたとしたら、私達は、その宇宙人や地底人との交流を求めるはずです。私達の知的好奇心は、彼らに話し掛けずにはいられないはずです。
コロナ禍などの感染症によって一時的に交流が停止されることはあります。
トランプ関税のように、一見するとグローバリゼーションを押し留める働きをするものもありますが、サプライチェーンの再編が行われるだけで、大きな流れが止まることはありません。
従来は、アジア太平洋におけるシーレーンのチョークポイントといえば、マラッカ海峡ぐらいだろ?という感じだったのですが、グローバリゼーションの進展に伴い、インド洋にも新たに複数のチョークポイントが出現しました。
- チャイナのシーパワー化
従来はランドパワーだったチャイナの国力が伸長し、海洋進出を強化し始めました。
(※ シーパワー、ランドパワーは、地政学における概念)
2012年、空母遼寧(ウクライナの空母ワリャーグを、買い手を偽装してスクラップとして入手して改修した)の就役
2015年頃、実効支配していた南沙諸島への軍事拠点建設
2013年、一帯一路として、陸上シルクロードとともに海上シルクロードという構想を発表し、経済的にも海洋進出する方針を打ち出す
がターニングポイントでした。
- インドのシーパワー化
インドも従来はランドパワーでした。経済発展に伴い、エネルギーの純輸入国に転じており、シーレーンの確保が至上命題となっています。
ターニングポイントとしては、
2015年、モディ政権が、SAGAR(Security and Growth for All in the Region = 地域のすべての人々のための平和と成長)構想を発表。
これは、一帯一路に対抗したもの、と位置付けることも可能です。
- 米国が、世界の警察官であることを放棄し、二正面作戦能力を喪失
ターニングポイントは、
2013年、オバマ大統領の演説で、「America is not the world’s policeman.」と述べました。
ドルという基軸通貨を持ち、世界最強のソフトパワー、経済力、軍事力を持った米国が、世界秩序の守護者としてのポジションを放棄する宣言でした。
これは世界史的に極めて衝撃的な出来事でした。米国が覇権国家で在り続けることを放棄した瞬間として位置付けることが出来ます。
これらの動きのほぼ全てにおいて、2010年代半ばにターニングポイントが存在したんですね。
中印対立は、今のところは、陸軍同士のものに留まっていますが、いずれは、海軍同士の衝突にエスカレートする可能性もあります。これをどうやって抑止していくか、ということも、この地域の課題の一つです。