埼玉の塔 追悼式

令和7年(2025年)11月25日(火)、埼玉の塔 追悼式がございました。

 

20251125 埼玉の塔追悼式

埼玉の塔は、沖縄県糸満市の平和祈念公園に設置されています。

 

20251125 埼玉の塔追悼式

埼玉県議会 英霊にこたえる議員連盟のメンバ一同で参加致しました。

他には、埼玉の塔管理委員会、埼玉県遺族連合会、埼玉県市長会、埼玉県知事、埼玉県福祉部などが参加しました。

 

20251125 埼玉の塔追悼式

埼玉の塔には、大東亜戦争における、沖縄戦、南方戦線において戦い、お亡くなりになった2万8千余柱の英霊が合祀されています。

 

20251125 埼玉の塔追悼式

家族や故郷を守るために戦った偉大な先輩方に感謝し、ご冥福をお祈り申し上げます。

 

20251125 埼玉の塔追悼式

ありがとうございました。

再び国の危機があれば、偉大な先輩方の後に続いて戦うことを個人的にはお誓い申し上げます。


自由で開かれたインド太平洋

本年、令和7年(2025年)10月26日、初の外遊となる、日ASEAN首脳会合出席において、高市首相は、「自由で開かれたインド太平洋」の実現を訴えました。

 

 

10月28日、トランプ米大統領来日に際し、米海軍横須賀基地の空母USSジョージ・ワシントン艦内における合同の演説において、高市首相は、日米同盟の強化を謳った上で、「インド太平洋を自由で開かれたものとし地域の平和と繁栄の礎とする決意を新たにした」と語っています。

 

 

我が国が、インド太平洋地域における平和の実現に貢献していくという決意を示したものです。

私としては、この姿勢に対して、全面的に賛同します。
衰退しつつあるとはいえ、依然としてこの地域の大国である我が国が、相応の責任を果たさないと、この地域の平和と安定は脅かされてしまいます。

 

 

「インド太平洋」は新しい言葉

「インド太平洋」という言葉は、インド洋から西太平洋までの地域が、一つの安全保障環境を為している、という歴史観がベースとなっています。

このインド太平洋 Indo Pacificという地域を指す概念、私が大学生だった1990年代半ば頃には、ほとんど用いられなかった言葉なんですよ。

 

当時は、この種の文脈においては、アジア太平洋 Asia Pacificという言葉が用いられていました。

つまり、インド洋は含まれていなかったわけです。

 

 

1990年代は、インド洋地域は、平穏でした。

中印対立は当時からありましたが、あくまでもランドパワー同士の対立に留まっていました。

 

アジア太平洋 → インド太平洋という概念に置き換わってきたのは、せいぜいここ15年間くらいです。

 

 

「アジア太平洋」から「インド太平洋」への転換の背景

この背景にあるのは、

 

  • 益々進むグローバリゼーション

情報、お金、モノのグローバリゼーションの流れは、留まることはありません。

私は、グローバリゼーションは、人類文明の歴史的必然だと断定します。人類は、文明の誕生以来、常に他者との交流を求めてきました。もし仮に、宇宙人や地底人が発見されたとしたら、私達は、その宇宙人や地底人との交流を求めるはずです。私達の知的好奇心は、彼らに話し掛けずにはいられないはずです。

コロナ禍などの感染症によって一時的に交流が停止されることはあります。

トランプ関税のように、一見するとグローバリゼーションを押し留める働きをするものもありますが、サプライチェーンの再編が行われるだけで、大きな流れが止まることはありません。

 

従来は、アジア太平洋におけるシーレーンのチョークポイントといえば、マラッカ海峡ぐらいだろ?という感じだったのですが、グローバリゼーションの進展に伴い、インド洋にも新たに複数のチョークポイントが出現しました。

 

 

  • チャイナのシーパワー化

従来はランドパワーだったチャイナの国力が伸長し、海洋進出を強化し始めました。
(※ シーパワー、ランドパワーは、地政学における概念)

2012年、空母遼寧(ウクライナの空母ワリャーグを、買い手を偽装してスクラップとして入手して改修した)の就役

2015年頃、実効支配していた南沙諸島への軍事拠点建設

2013年、一帯一路として、陸上シルクロードとともに海上シルクロードという構想を発表し、経済的にも海洋進出する方針を打ち出す

がターニングポイントでした。

 

 

  • インドのシーパワー化

インドも従来はランドパワーでした。経済発展に伴い、エネルギーの純輸入国に転じており、シーレーンの確保が至上命題となっています。

ターニングポイントとしては、

2015年、モディ政権が、SAGAR(Security and Growth for All in the Region = 地域のすべての人々のための平和と成長)構想を発表。

これは、一帯一路に対抗したもの、と位置付けることも可能です。

 

 

  • 米国が、世界の警察官であることを放棄し、二正面作戦能力を喪失

ターニングポイントは、

2013年、オバマ大統領の演説で、「America is not the world’s policeman.」と述べました。

ドルという基軸通貨を持ち、世界最強のソフトパワー、経済力、軍事力を持った米国が、世界秩序の守護者としてのポジションを放棄する宣言でした。

これは世界史的に極めて衝撃的な出来事でした。米国が覇権国家で在り続けることを放棄した瞬間として位置付けることが出来ます。

 

 

 

 

これらの動きのほぼ全てにおいて、2010年代半ばにターニングポイントが存在したんですね。

中印対立は、今のところは、陸軍同士のものに留まっていますが、いずれは、海軍同士の衝突にエスカレートする可能性もあります。これをどうやって抑止していくか、ということも、この地域の課題の一つです。


12月定例会陳情:核兵器禁止条約の件

陳情の内容

蕨市議会の、この12月定例会に、以下のリンク先のような陳情が出されております。

陳情の詳細情報

陳情第5号 日本政府に「核兵器禁止条約」の署名・批准を求める議会決議意見書採択に関する陳情 【陳情趣旨】 …

陳情団体は、県内の原爆被爆者団体です。
内容は、核兵器禁止条約の署名・批准を求める意見書を国に対して出してほしい、というものです。

 

 

総務委員会の結論

この種の陳情に限らず、あらゆる議案は、

(1)テーマごとに割り振られた委員会で話し合う、結論を出す
(2)本会議で、委員会の結論を追認するかどうか話し合う、結論を出す

という2段階を経ることになります。

 

昨日、令和3年(2021年)12月1日に(1)に相当する総務委員会が開かれたところです。

蕨市議会(定数:18)の総務委員会の現メンバは、6人おり、会派構成は、

令政クラブ(自民系):2
公明党:1
日本共産党:1
日本維新の会・無所属連合(いわゆる、見なし会派):1
リベラル系無所属:1

となっています。
このうち、委員長は採決に加わることが出来ず、今は令政クラブから出しております。

昨日の結論は、反対は、令政クラブ:1、公明党:1の計 2名のみであったため、賛成多数ということで、賛成という結論になりました。

 

これは、蕨市議会全体では、保守系・国政与党系比率が過半数を占めているものの、総務委員会の構成メンバはリベラル系・国政野党系比率が高いために、このような結論に至ったものです。

(国政与党とは、自公を指しますが、蕨市議会においては、市長は共産党であるため、自公は野党になります。)

 

 

本会議での結論の見込み

令和3年(2021年)12月16日に話し合われることになりますが、総務委員会での結論をひっくり返して、反対という結論に至る見込みです。

 

 

核兵器禁止条約について私見

 

核廃絶をする方法

私の、戦略核兵器+その運搬手段と核戦略論に関する歴史観は、5年前のエントリで述べた通りで、今日においても変更はありません。

 

戦略核兵器(戦術核兵器を含まず、戦略核兵器のみ)が、国際法に違反し、残虐で極悪非道なものであることは同意しますが、そうであるがゆえに、戦略的な価値があります。

戦略核兵器+その運搬手段と核戦略論があるからこそ、世界の安定が維持され、大国間の戦争が起こらず、平和が保たれているのです。

この構図は、冷戦期から米中対立・覇権移行期の今日に至るも変化はありません。

 

今の時点で、特に米中が核廃絶をした場合は、米中対立が戦争にエスカレーションする可能性が極めて高いものと考えます。

戦略兵器を廃棄することではなく、戦略兵器を持ち続けて安定を維持することこそが、戦争を防ぐ唯一の方法です。

従って、我が国が核兵器禁止条約に参加することは、戦争が起こる可能性を高めることに他ならないものと考えますので、反対します。

 

 

核廃絶の実現への道

戦略核兵器+その運搬手段、核戦略論に変わる、次の世代の戦略兵器と戦略理論が出現すれば、世界中の戦略核兵器は一瞬のうちに効力がゼロになります。この保有コストが極めて高い兵器を維持し続ける理由がなくなりますので、瞬時に核廃絶(戦略核の廃棄)が達成されることになります。

但し、個人的な予想ですが、そのような状況になった場合も、当面は戦術核は維持されるのではないかと思います。


日米の戦没者遺骨帰還事業

産経 2014/9/30 : 「第2のトモダチ作戦!」 遺骨帰還へ日米共同作業 戦後70年に向け米側が打診

日米それぞれの戦没者ご遺骨帰還事業の担当部署が、それぞれの仕事を協力してやっていきましょうという、という検討を始めた、という記事。

そもそも今まで何で協力してなかったの?っちゅう話で、今まで日米双方で別々に重複して行っていた作業が、一回で済むようになれば効率もいいし、諸事情から我が国がアプローチしにくい戦地に対しても米国のコネクションを使えばアプローチ出来るようになる可能性もある。
「第2のトモダチ作戦」という見出しは、大げさ過ぎる。ご遺骨帰還の作業は、地味な作業の繰り返しだ。

 

大東亜戦争で斃れた皇軍将兵、軍属、民間人は、
海外・内地合わせて310万柱
海外のみで240万柱、その内、ご遺骨が内地にご帰還されたのは125万柱
つまり、115万柱が未だ海外に残されまま。115万柱の内、30万柱は海の底。

ご遺骨帰還事業は、厚生労働省が担当している。

国のために戦い、死してなお靖国の鬼として国をお護りくださっている英霊のご遺骨をできるだけ早く内地のご遺族の元にお返ししたいというのは、当然の願いだが、すごい膨大な数だし、当然お金もかかるし、海の底に沈んだ分なんて事実上無理だし、硫黄島なんかはご遺骨の上に滑走路作っちゃってるし、簡単に「国はもっと戦没者遺骨帰還事業に力を入れろ!」と言えるものでもない。

あと100年かかっても、1000年かかっても、日本国が存在する限り続けなくてはならないと思う。

 

日米のご遺骨帰還事業の人員体制の違い

冒頭紹介した記事の中でもさらっと触れられているが、これだけは気に留めておいた方がいい。

日本国
未帰還者:115万柱
担当部署:厚生労働省で、40人体制

米国
未帰還者:World War 2全体で73,000人。朝鮮戦争で8,100人。他にベトナム戦争などの分も対象。
担当部署:米軍の統合戦時捕虜行方不明者調査隊(Joint POW/MIA accounting command = JPAC)で、400人体制。

POW(捕虜)、MIA(行動中の行方不明者)と呼んでいるので、おそらく米国の考え方では、ご遺骨が見つかるまでは戦没者認定はしてはならない、ということなのだろう。


2011年10月、硫黄島の大阪山砲台近くの壕。

「厚生省処理済」というのは、遺骨帰還を担う厚生労働省が、その仕事を完了した壕である印としてつけたもの。逆に言うと、この印がない多くの他の壕はすべて、まだ調査していないということだと思う。