北朝鮮による横田めぐみさん拉致被害現場

北朝鮮の工作員によって、横田めぐみさんが拉致された現場を見てきました。

2012年6月24日(日)、公益社団法人日本青年会議所(日本JC) 領土・領海委員会のメンバーで見学しました。
(公費視察ではなく、全員自腹です。)
拉致問題に積極的に取り組んでいる新潟JCの水野君のアレンジにより、新潟県知事政策局国際企画課拉致問題調整室 信田室長にご引率いただきました。
201206_横田めぐみさん拉致被害現場地図2
人家がまばらな、大声を出しても誰にも聞こえないようなうら寂しい地域、と勝手に想像していましたが、そうではなく、高台に位置する、新潟市内でも有数の高級住宅街であり、一戸建てや中層マンションが密集していました。
被害当日は、冬の夕方であり、既に薄暗かったとのことですが、第三者がまったく通りかからない、ということは考えにくいです。
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横田めぐみさんが通っていた寄居中学校。
校舎は建て替えられているため、被害当時とは異なります。
敷地の裏手には、知事公邸があります。
横田めぐみさんは、1977年11月15日18時半過ぎ、バドミントン部の練習を終え、友達2人と計3人で学校を出ました。
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1人目の友達と別れた場所。
交差点から東側(友だちが歩いていった方向)を望む。
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2人目の友達と別れた交差点。
交差点から北側(横田めぐみさんの進路方向)を望む。
友達は、(写真には写っていない)左方向の道へと別れました。
写真左のマンションは、被害当時はなかったものです。
新潟市内初の億ションだそうです。
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拉致被害現場の交差点。
交差点から西方向(自宅のある方向)を望む。
警察犬の捜査によると、この場所で横田めぐみさんの臭いが消えていたそうです。
つまり、この場所で、クルマに乗せられた可能性が高い、ということになります。
北朝鮮の工作員が我が国に不法に侵入してきた工作船は、クルマを搭載出来るようなものではありませんので、我が国の国内に、北朝鮮に内通する組織が存在していることになります。
民家は建て変わっているかもしれませんが、当時からありました。
決して、人気のない場所ではありません。
地図を見れば分かるように、横田さんの自宅からわずか2ブロックしか離れていないません。
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横田めぐみさんの自宅跡。
道の左側、手前から2軒目の敷地に、当時、日銀の官舎(一戸建て)がありました。
横田さんの父親は、日銀マンでした。
敷地の大きな家が多い、閑静な住宅街です。
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護国神社境内に立つ、情報提供のお願いの看板。
同じものが、新潟駅前にも立っています。

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青く静かな日本海。
この海の向こう側に、我が国に不法に侵入し、横田めぐみさんを、本人の意志に反して拉致し、強制的に使役し、あまつさえ、その事実を認めておきながら、「既に死亡した」などと嘘を繰り返して身柄を返そうとしない、邪悪な勢力が存在します。
その勢力は、我が国に明確な悪意を持ち、害を為しています。
国民国家は、国民の生命と財産を守らなくてはならない。
国民を守らない国家は、もはやそれは国家ではないし、そんな国家を守るために死のうとは誰も思わないでしょう。
国家が国民の生命と財産を守るからこそ、私達は、国家を守るために喜んで死のうと思うわけです。


日本国は、守るために喜んで死ねるような国で在るべきと考えます。
私は、私なりのフィールドで(蕨市議会議員として)、横田めぐみさんを始めとする北朝鮮による拉致被害者を取り戻すための活動をしていく所存です。
具体的なことは、大人の事情があり、今はまだ書けません。

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