埼玉県議選(1) 選挙運動ボランティアしてきたよ。

 先の日曜、2011年4月10日は統一地方選の前半戦、我が埼玉県では県議選が行われた。

この県議選において、私は、地元蕨市(南19区)の自民党公認 須賀敬史候補の選挙ボランティアを行った。
個人的に初めての体験であるし、興味を持つ人もいるかもしれないので、諸々記録しておくこととする。
経緯
(1)政治周辺ビジネスの可能性を模索するため。
私自身は、「政治家になりたい」というよりも「政治周辺領域でのマーケティング/リサーチのビジネスをやりたい」と考えている。何らかその可能性があるのかどうか、どういう商内が成り立ち得るのかを調べたかった。
これについては、後で詳しく書く。
(2)地元の保守系政治家との人的ネットワークを作るため。
もし仮に「「政治周辺領域でのマーケティング/リサーチのビジネス」をやるのであれば、政治家、政党、圧力団体、地域社会の何らかの団体などがクライアント候補な訳で、人的ネットワークを作りたいと考えた。
(3)自民党による政権奪還のため。
自民党による政権奪還が、国のためであると信じる。
今回はあくまでも県議選だが、もちろん、国会議員選挙に続いている。
微力ながら自分なりに出来ることで党のシェア拡大に貢献したいと考えた。
私自身について
昔からある考え方、習慣、家族や地域社会の繋がりを大切にしていくべきだと考える保守主義者であり、自民党員。
大学(筑波大学国際関係学類)では、政治学専攻だったが、実は大学時代には選挙ボランティアの類は経験したことはなかった。
時間のある大学時代にやっておけば、かなり面白い体験だったろうし、その後に活かせることもたくさんあったろうと思う。
筑波大学を囲むコミュニティ(大学と学生街、お店など)は、古くからの農村社会である地元つくば市からは遊離した人工的なコミュニティであり、人的交流もほとんどなかったので、彼地の選挙のボランティアをする、ということは考えられなかった。
埼玉県蕨市民だが、実は代々今の場所に住んでいる訳ではなく、10年前に引っ越してきた。その点では、いわゆる「新住民」とも言える。
元々の父祖の地は川口市芝。
分家のそのまた分家なので、私の父は結婚してからまず桶川に家を構え、さらに10年前に蕨市錦町に家を建て直した。本家や親戚が多数住んでいる川口市芝からはせいぜい2,3kmしか離れていない。
個人的には、よそ者意識はまったくなく、蕨~川口が先祖代々の地であり、地元に帰って来た、くらいの気持ちでいる。
尚、私の父が自身で作ったものも含めて、親戚一同の墓は川口市芝の長徳寺にある。
とは言え、小中学校は桶川、仙台(父が転勤族だった)で過ごし、高校は都内の私立に通っていたので、同世代の地元の友だちはいない。
地元 蕨について
代々住む「旧住民」と、地方出身で家を建てたりマンションを買ったりしてたまたま蕨に引っ越してきた「新住民」とが混在するベッドタウンである。
前述のように、私自身は今の地には10年前に引っ越してきたばかりなのだが、自身を旧住民とカテゴライズしている。
保守も強いが、革新も強い。
市長は共産党の頼高英雄氏。
頼高氏は、前回の選挙戦においては共産党であることをアピールしたわけではなく、幅広い支持を集めるために離党した上で選挙に臨んでいた。
市議会は定数18だが、保守系は自民党には属さず、無所属として保守系会派を組んでいる。
衆議院議員選挙は、埼玉第15区として戸田市、さいたま市南区・桜区とともに一つの選挙区を成している。
選出議員は、
2009年 民主党 高山智司氏
2005年 自民党 田中良生氏
2003年 民主党 高山智司氏
となっており、強力な地盤を持つ政治家がいる訳ではなく、ブームに流されやすい地域、ということは出来るかもしれない。
自民党の支部長は、40代半ばの田中氏であり、次の衆議院議員選挙にも出る予定だ。この方は、いわゆる地主ファミリーであり、父親が永らく蕨市長を務めた、地域の有力者。
さて、続きはまた別途。

埼玉県議選(1) 選挙運動ボランティアしてきたよ。” への1件のコメント

  1. 自民党と民主党にそれほど距離があるのか、明確な断絶を見いだせるのか。
    民主党が自民党的になっていない、なれないゆえに機能していない部分をもって自民回帰とつながるか。
    雑駁な見方として、民主が三回も予算編成をやったら、今度は自民に振れたとして、ふたたび混乱するだろうねー。

    レポ楽しみ。

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