黒壁とガラスの長浜へ視察

蕨市議会 保守系会派 新生会にて、滋賀県長浜市の商店街再生を視察に行って来ました。

とても面白かったので、以下、箇条メモ書き。



・市街地中心部の商店街が、自然衰退していたところに、郊外型大手ショッピングモールの進出が引き金となって壊滅した。

・歴史的建物が、放置されて残っていた。これらを観光資源として再生した。
これは、長浜という地が、住宅地ではなく、交通の要衝でもなく、他の産業が育つ余地もなかったから。
例えば、蕨はベッドタウンであるため、中仙道や商店街においてお店を廃業した後、マンション、アパートに建て替えられケースが多いが、長浜ではそのような住宅需要がないため、古い建物が放置されていた。

・街おこしの主体として第三セクター会社を作ったが、行政からあまりお金を引っ張れずマイナー出資に留まった。結果として過剰介入されずに済み、これが良かった。

・核になるキーパーソンがいた。
笹原さんという、街おこし業界では既に有名人らしい。
JC(青年会議所)理事長経験者。
本業は郊外の物流業であり、商店街メインストリームの人物ではない。
自分でもお金と時間を出した。

・商店街の衰退=「文化がなくなる、街がガタガタになる」
街の中心地の存在=「街の中心、アイデンティティ」

・「既存の(地元の人向け商いの)商店街の再活性化」をやりたかったわけではない。
「文化の発信」をしたかった。

・前述のように歴史的建物は残っていたものの、これだけではダメ。
全国によくある郷土資料館は、死に化粧。
古いものを飾ってあるだけではダメ。

・古いものに、新しい命を吹き込む必要がある。

・長浜の場合は、ガラス作り。
元々ガラス作りの伝統、技術があったわけではないのだが、「これだ!」という閃きとともに、勉強して目玉を作った。

・最初は、「あいつらの客は、地元の人じゃなくて、よそから来た観光客だろ」と、地元商店街の人たちには相手にされていなかった。
3年目くらいから徐々に商店街も売れ出すようになっていった。
今は、土産物屋以外は外の資本も受け入れている。

・京都から日帰り圏内、東海道新幹線米原駅からわずか10分であり、せっかく来た観光客が宿泊していかない。日帰りで帰ってしまう。
この点はもったない。





ということで、多くの教訓を得ました。

観光地としてもなかなかオモロいところです。
今まではバイクツーで通り過ぎたことしかありませんでしたが、オススメです。


※ 以下の写真は、クリックするとすべて拡大します。

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長浜駅舎(左)と、新築中の駅ビル(右)。
ふつーですね。
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渋い。
農協。
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旧 開智学校。
かっちょいいですね。
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どどーーん!
B級スポットとして全国に名立たる、長浜タワービル。
タワービルのスペルは、「Nagahama tower bill」です。
これでスペルミスではありません。
正面からの写真を撮れなかったのが残念。
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街おこし第一号の建物。
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旧長浜市の市章入りマンホール。
周りの瓢箪は、長浜城主だった豊臣秀吉公の旗印にちなんだもの。
平成の大合併によってなくなった市町村章のマンホールは、マンホーラーとしてはたまりません。
旧長浜市は、2006年に近隣2町を吸収して新長浜市になりました。
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NPOまちづくり役場のオフィス。
看板の通り、元金物屋。
かっちょいいです。
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海洋堂フィギュアミュージアム黒壁のケンシロウ
お前はもう死んでいる。
「古いものに、新しい命を吹き込む必要がある」という笹原さんの方針を前述しましたが、
その第一弾が「ガラス作り」でした。
その他にも様々な「新しい命の吹き込み」のトライをしています。
フィギュアや食玩で有名な海洋堂の博物館を誘致しました。
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海洋堂フィギュア。
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笹原氏(テーブルの奥)と、保守系会派 新生会の面々。
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街並みの電柱地中化はやっていません。
「全然興味ありません、他に先にやることはたくさんあります」とのこと。

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