2012年4月 津波の被災地に行ってきた。(7)南三陸

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海沿いの学校
庭がガレキ仮置き場になっています。
多くの場所で、学校の校庭や、大きな公園、海岸沿いの駐車場のような何もないスペースが、ガレキ仮置き場になっていました。
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南三陸町の市街地
4階建てくらいの鉄筋RCの建物以外は、ほとんど解体処理されていました。
震災復興ボランティア活動について
この街では、ボランティアをたくさん見かけました。
ボランティアは、バスでやってきて、お揃いの蛍光イエローのベストなどを着て、作業にあっていました。この街で見かけたボランティアの仕事は、手作業でスコップと手押し車を使っての、側溝の泥の掻き出しでした。
他の場所で見かけたボランティア集団は、手にビニール袋を持って、手作業でゴミ拾いをしていました。
以下、私自身は震災ボランティア活動を一切やったことがないのですが、敢えて自分のことを棚に上げて論じます。
側溝の泥の掻き出しや、手でのゴミ拾いといった単純労働が、優先順位の高い仕事なのだろうか?
わざわざ土日弾丸バスツアーで都会からやってきた若者に割り当ててやってもらうべき仕事なのだろうか?
建物の解体、ガレキの仕訳・運搬といった、もっと優先順位が高く、費用対効果の高い仕事がたくさんあるはず。
都会からやってきた若者の中にも、重機やトラックを運転出来たり、ガレキの仕訳したりするスキルがある人もいるはずで、スキルに応じた仕事を割り振るべきではないか。
街ごとにボランティアセンターが存在し、ボランティアに仕事を割り当てているようだが、タスクと人的リソースの管理が非効率な印象を受けた。
尚、ホワイトカラーの人間は、こういう場所ではあまり役に立たない。
1日、2日程度しかいられないのであれば、それこそ側溝の泥の掻き出しでもやってもらうしかないだろう。
1週間くらいられるのであれば、ガレキの仕訳、行政へのお見舞い金の申請あるいは審査などのやり方を学んでもらって、そのような仕事をしてもらうのもいいかもしれない。
問題は、タスクと人的リソースの管理である。
出来れば行政がやればいいのだろうが、行政自身も人的リソースが不足している状況だと思う。よその自治体からの応援スタッフや、JC(青年会議所)や社会福祉協議会のような組織力のある非営利団体が現地で継続的に活動をするのであれば、このような仕事をやるべきだと思う。
以上のような僕の考えを、何人かの被災者の方にぶつけたところ、皆同じような考えを持っていた。
ある人は、
「せっかくボランティアに来てもらっても、受け入れ体制が出来ていない。やることはたくさんあるけど、個人が1日、2日来て出来るような仕事はあまりないので、取り敢えずドブさらいやゴミ拾いをやってて、ということになってしまうのだろう」
とのことだった。
逆に、都会の若者が「被災地のために何かをやりたい」と考えた場合、土日だけを使ってボランティアツアーに行っても、貢献できることは少ない。
それならばむしろ、それぞれの持ち場でより一層努力をして、日本経済を回すことに貢献した方がいい。
土日もがっつり出勤して、がっつり自分の仕事を頑張ろう。
会社の利益を伸ばして、会社としても個人としてもがっつり納税しよう。
残業代・休日出勤代をしっかりもらって、その分をがっつり消費に回そう。
自衛隊とTOMODACHI
尚、被災地全般を通して、今の時点ではもう自衛隊や、同盟国軍の姿は見かけませでした。
すべて引き揚げ済みなのだと思います。
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南三陸町の公立志津川病院
(右側の建物)
4階まで津波が押し寄せ、107人の入院患者のうち、72人がお亡くなりになりました。
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海沿いの公園に静態保存されていた蒸気機関車
流されて道路に横倒しになったまま、ガレキ仮置き場となった公園のガレキと一体化していました。
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JR気仙沼線
既に線路と枕木は撤去されています。
当然ながら運休中で、再開のメドは立たず。バスが代行運転しています。
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橋桁の一部は流されてしまったようです。

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