蕨市においては、もはや稲作は行われていないため、まったく農業用水として使われていない、見沼代用水ですが、
市内を、北町5丁目から錦町へと、西に向かって流れています。
いや、写真を見て分かる通り、水は流れていませんね。
淀んで、落ち葉、枯れ木やゴミが溜まってしまっています。
江戸時代の享保13年(1728年)に開削が始まった見沼代用水は、令和9年に開削300周年を迎えます。
開削300周年を記念した、イベントの開催と、広報活動のための予算990万円が計上されています。
残念ながら、蕨市においては、見沼代用水は迷惑施設と化しています。
しかしながら、県全体を見渡してみると、稲作のための農業用水として、開削から300年が経った今日においても、私たちに大いなる恵みをもたらしてくれています。
久喜市内にて。
蕨市においては迷惑施設である見沼代用水は、埼玉県全体では、ありがたい恵みの農業用水です。
教育出版 小学校4年生の社会の教科書です。
見沼代用水と、開削を行った土木技術者(紀州藩出身の、江戸幕府の武士です)井沢弥惣兵衛氏を「郷土の偉人」として取り上げています。
見沼代用水を管理しているのは、見沼代用水土地改良区です。
これは、土地改良法を根拠とする組織です。
行政組織ではありません。
税金で運営されているわけではありません。組合員からの賦課金によって、組合員のために運営されています。
組合員は、流域の農地の土地所有者・耕作者は強制加入することとなっています。
JAのような私法人ではなく、公法人です。組合員の利益のために事業活動を行うが、公共的性格も持っています。都道府県知事の監督を受けます。
冒頭の写真で示した、ヘドロだらけの区間(蕨市錦町地内)においては、
蕨市議会議員だったおりに、再三に渡り一般質問で取り上げ、市に対して対策を求め続けてきましたが、蕨市はまったく対策をせず、残念な限りです。
また、見沼代用水土地改良区より、「錦町地内の素掘り区間について、北町5丁目地内並みの矩形水路化」を蕨市に対して申し出たものの、蕨市は、「近々に錦町土地区画整理事業によって暗渠化の予定があるので不要」と断った経緯があります。
その後、錦町区画整理は、遅れに遅れ、暗渠化のスケジュールのメドはさっぱり立ちません。見沼代用水土地改良区からの申し出を受けておけば良かったのじゃないですかね。
蕨市は、目の前の少額の出費を惜しんで、大失敗しました。






