まず初めに、能登半島地震において被災された方々には、心よりお見舞い申し上げます。
先週、令和6年(2024年)5月29-31日、能登半島地震の被災地を一通り視察してきました。
幾つかのエントリに分けて写真レポートします。
七尾市中心部
関越道、上信越道、北陸道と、延々とクルマを運転して、七尾市へ。
七尾市は、埼玉県が対口支援を行っている自治体です。
対口支援とは、被災地の市町村ごとに、支援する側の自治体を、割り当てて決めてしまって、中央で管理するのではなく直接やり取りすることによって、双方にとって効率の良い支援体制を作っていこうという考え方です。
発災直後から、今日に至るまで、埼玉県・県内市町村の職員、埼玉県警の警察官が派遣されて支援を行っています。
市内では、さいたま市のワゴン車を見かけました。
コンビニ、ガソリンスタンドなどは普段通りの営業体制に既に戻っているようでした。
能登半島全域が、市内中心地といえども過疎化が進んでいるエリアなので、そもそも地震とは関係なく空き家であり倒壊しかけた廃屋だったのか、地震によって破壊・倒壊したのか、判別しにくいです。
入口がベニヤ板で塞がれている商店。
この店は、(公社)七尾市シルバー人材センターが経営しているショップだったようで、googleストリートビュを見ると、2023年9月の最新画像では、営業していたお店であることが分かります。
その隣りのこの物件は、2023年9月時点の画像では、既に「売物件」の看板が掲示されていました。
震災の影響で廃業したわけではないようです。
タイル舗装の道路と、建物の土台の継ぎ目の部分が、ズレて割れてしまっています。
板塀が傾いています。
ぺちゃんこに倒壊した家屋。
クルマが下敷きになってしまっています。
ガレキは道路にはみ出ていますが、撤去されずにそのままになっています。
道路は、クルマが通れないように塞がれていますが、通行人は普通に通ることができます。
今後、大きな余震があれば、さらに崩れる可能性もあり、通行人にとっては危険な状態です。
しかしながら、能登半島全域に倒壊した建物は、依然として多数あり、ガレキの撤去がほとんど進んでいない中で、いちいち通行人の通行規制までやっていられない、といったところでしょう。
民家の土塀が倒れていました。
和倉温泉
和倉温泉は、高級旅館中心の温泉街で、かなりきれいな街並みでした。
総湯。
この北陸地域の温泉街では、中心に「総湯」という名の公衆温泉浴場が設けられています。
タイル舗装の一部が剥がれていました。
平常通り営業していました。
高級旅館の加賀屋。
前面道路の一部が陥没しており、水たまりになっていました。
加賀屋に限らず、和倉温泉の高級旅館の建物は、一見すると何の被害もないようですが、全面的にダメージを受けたようで、今は平常通りの営業はしていません。
又聞きの情報ですが、食事の提供などは行わず、インフラ系・建設土木系の技士・作業員の滞在用宿舎として提供されている旅館もあるようです。
加賀屋の入口。
グレーチングがひん曲がっています。
地震によってかなり大きな力が加わったことが分かります。
加賀屋のメイン棟。
写真を拡大してみると、壁面に x字に亀裂が入っていることが分かります。
駆体全体に渡って、構造的な大きな力が加わっています。
対岸に見えるのは、能登島。
和倉温泉が面している海は、穏やかな内海であり、潮位差もそれほど大きくないようです。
堤防はまったく設けられておらず、海沿いの際に建物が建てられています。
こちらの北国新聞の記事によると、全面的に護岸が崩れているそうです。
建物の改修をするにしても建て替えるにしても、いずれにしても、まずは護岸の改修が先だ、といったところですが、護岸改修のメドは立っていないとのことです。
(続く)