自民党埼玉県連青年局にて、能登半島地震被災地の七尾市を視察

令和6年(2024年)7月11-12日、自民党埼玉県連青年局メンバ13人ほどにて、本年元日に発災した能登半島地震被災地である七尾市を訪問し、視察してまいりました。

 

七尾市を含め、能登半島には、本年5月後半に個人にて視察を行ったところで、1ヶ月半ぶりの訪問となりました。

 

自民党埼玉県連青年局は、当該任期の当選時点で50歳以下である、自民党埼玉県議団の県議会議員が所属しております。

 

 

新高岡駅からレンタカーに分乗して、七尾市へ。

七尾市では、自民党石川県議団所属の清水真一路 県議会議員にアテンドしていただきました。

 

 

倒壊家屋の解体は進んでおらず

20240711 七尾市視察

市内中心部の商店街です。

多くの倒壊家屋が、倒壊したまま残っております。

 

20240711 七尾市視察

公費解体は進んでおりません。

申請済みで解体未着手の棟数は2,000件に及びます。

 

何か一つのボトルネックがあるわけではなく、

・コンサル不足
・解体業者不足
・ガレキ置き場不足

などの複数の要因があるとのことでした。

 

 

未だに被災者が避難生活を送る避難所

20240711 七尾市視察

七尾市中心部に位置している、矢田郷コミュニティセンターです。

 

七尾市は、市直営の公民館を廃止し、コミュニティセンターに移行しています。市内15箇所のコミュニティセンターは、それぞれの地域のまちづくり協議会が指定管理者として運営しています。

 

20240711 七尾市視察

責任者の方から詳しい説明を伺いました。

この地域のまちづくり協議会の役員(ごく低額の有償ボランティア)さんです。

この方の地域愛と属人的な努力によって、元日の発災直後からこの避難所は運営されてきました。

 

「行政も被災した。行政は頼れなかった。
よく、自助・共助・公助と言うが、公助なんて存在しない」

という趣旨の発言が印象的でした。

 

20240711 七尾市視察

未だに47名の方々が避難生活を送っています。

段ボールで居住区画を区切ってあります。

 

既に仮設住宅の供給も始まっている今のタイミングで、未だに避難所生活を送っている方々は、自宅が断水・トイレが使えない状態で、昼間は自宅で過ごし、夜に避難所に寝泊まりに帰って来る、というパターンが多いとのことでした。

 

元日の発災直後には、600-700名の方々が館内に避難し、車中泊を含めると1,000人以上の方々がこのコミュニティセンターで避難生活を送っていたそうです。

避難所運営のセオリーとしては、「避難所を開設したらすぐに、受け付け所を設け、避難者の名簿を作る」というのがマニュアル通りのやり方です。

しかしながら、初日はそれどころではなく、名簿を作り始めたのは1月2日からだったとのことでした。

 

私も、これまでに全国各地の様々な災害現場を視察して来ましたが、現役で稼働している避難所の居住区画を見学したのは初めてです。

 

20240711 七尾市視察

当初は、段ボール壁の高さは、上の写真の1段目までの高さしかありませんでした。

プライバシの確保よりも、大きなストレス、肉体的な疲労を抱えた被災者の方々の心身の健康状態をすぐに見守れるように壁を低く設定したとのことでした。

徐々に段ボール壁を高くしてきた、とのことでした。

 

20240711 七尾市視察

既に居住者が退去した区画。

床面に段ボールを敷き詰めて、小上がりのような高さとし、畳を敷いてあります。

 

20240711 七尾市視察

共有区画。

 

20240711 七尾市視察

ごみ置き場や、スマホの充電が出来る区画。

 

20240711 七尾市視察

全国から寄せられた救援物資の倉庫として用いられている部屋。

 

1月半ばまでは、能登半島の先端部は道路が寸断して救援物資の運び入れが困難だったため、中継地点としてここで受け入れたそうです。

24時間体制で受け入れを行ったとのこと。

夜中に4tトラックがやってきて、避難者に声がけをしてみんなで荷物の積み下ろしをしたこともあったそうです。

 

20240711 七尾市視察

電気、ネット接続環境、水道は使えますが、未だに館内のトイレは使えません。

この地域は、七尾市内の中心部ながらも下水道が通っておらず、浄化槽を用いているのですが、浄化槽が壊れたままだからです。

 

下水道の普及が進む今日、浄化槽は取扱業者も少なくなり、修理に時間がかかる、ということなのでしょう。

 

20240711 七尾市視察

救援物資の塩おにぎりをいただきました。

長期保存ができ、封を開けたら、水も火も使わずに食べられる、というものです。

申し訳ないけど、くそまずい。米の味も食感も無い。

1/3も食べられませんでした。ほんとごめんなさい。

 

 

仮設住宅

20240711 七尾市視察

入居前の仮設住宅を訪れました。

 

20240711 七尾市視察

この部屋は、バリアフリー仕様の部屋です。

天井は少し低めに感じましたが、サッシは二重だし、明るいし、それなりに快適そうに見えます。

 

20240711 七尾市視察

仮設住宅にて、みんなで記念撮影。

 

商工会議所の市内事業者支援体制をヒアリング

20240711 七尾市視察

七尾商工会議所を訪れ、市内事業者の支援体制についてお聞きしました。

 

商工会議所の建物も被災し、断水が続いていたそうです。

他地域の商工会議所職員の応援を得ながら努力している様子に感銘を受けました。

 

 

和倉温泉に投宿

七尾市内の和倉温泉へ。

ここは高級旅館ばかりが立ち並ぶ、きれいな温泉街です。ほぼすべての建物が、ヒビが入ったり外壁が崩れるなどして、営業再開できていません。

 

復興のためのインフラ系エンジニア、ボランティアのために素泊まり・風呂無しで部屋のみを提供している(もちろん有償で)旅館に泊まりました。

電気、トイレ、ネット接続環境は使えます。

水道も使えますが、飲用には適していないとのことでした。

 

20240711 七尾市視察

宿のお風呂には入れないので、和倉温泉の総湯(温泉街の中心にある公衆湯を、この地方ではこう呼びます)に入りました。

 

(次のエントリに続く)


埼玉県による七尾市への対口支援が終了

本年元日に発災した能登半島地震における被災地の一自治体である、石川県七尾市に対して、埼玉県は対口支援を行ってきました。

本日、令和6年(2024年)6月19日付で、埼玉県より、七尾市からの申し出により、6月21日をもって対口支援を終了するとの発表がありました。

 

令和6年能登半島地震により被災した方々を支援するため、埼玉県では県内市町村と連携し、1月8日から石川県七尾市に応援職員を派遣しています。

このたび七尾市から今後は同市職員で対応するとの連絡があったことから、6月21日をもって住家被害認定調査などの対口支援を終了いたします。

それに伴い、対口支援の調整のために設置しておりました災害即応室を同日付けで閉鎖いたします。
なお、令和6年4月1日から行っている、災害復旧工事などに係る中長期的な職員派遣については、引き続き、実施してまいります。

 

これまでの七尾市への対口支援について
(1) 派遣期間 令和6年1月8日~6月21日
(2) 従事業務 避難所運営支援、罹災証明書発行支援、住家被害認定調査
(3) 派遣人数 埼玉県:81名、市町村:192名、計273名

 

埼玉県を代表して被災地での支援活動にあたった県職員、県内市町村職員の皆様には感謝申し上げます。

ありがとうございました。
お疲れ様でした。

 

 

引き続き、七尾市の復興の様子を見守りつつ、支援して参りたいと存じます。

 

 

5月29日に訪れた七尾市の様子についての記事は、こちら。


能登半島地震被災地訪問(5) 珠洲市

珠洲市内へ。

 

珠洲といえば、ミドル距離の珠洲トライアスロンに2回出たことがあります。

ランのエイドに置いてあるスイカが甘くて絶品でした。

暑かったけど、楽しい大会でした。
レースそのものよりも、フィニッシュ後に眠気と戦いながらクルマを延々と運転して帰るのが何より辛かったことが思い出されます。

 

 

202405 能登半島地震被災地 珠洲

傾き、あさっての方向を向いたままの信号機。

 

 

202405 能登半島地震被災地 珠洲

市内の建物倒壊率は、七尾市や輪島市よりも高いように感じました。

 

 

202405 能登半島地震被災地 珠洲

この街も、ぎりぎりクルマが通れる程度の幅を残して道路上からガレキを除けただけで、ガレキ撤去作業はほとんど進んでいません。

 

 

202405 能登半島地震被災地 珠洲

古い家屋が多く、ほとんどすべての家が多かれ少なかれ被災しているように見えます。

 

 

半島内の各市中心部を回りましたが、どこも復興どころか、ガレキの撤去作業がほとんど進んでいません。

重機やダンプカーなどの姿すら見かけませんので、作業が進んでいる様子もありません。

 

 

202405 能登半島地震被災地 珠洲

30cmほども隆起したマンホール。

 

 

202405 能登半島地震被災地 見附島(軍艦島)

見附島(軍艦島)。

珠洲トライアスロンのラン折り返し地点がここでした。

もはや軍艦のような威容ではなくなり、ただの島になってしまいました。

 

 

(能登半島地震被災地の写真レポートは、このエントリで終わり)

あらためて、被災した方々には心よりお見舞い申し上げます。

能登半島地震被災地訪問(1) 七尾市・和倉温泉

能登半島地震被災地訪問(2) 半島の西部–志賀町・輪島市

能登半島地震被災地訪問(3) 輪島市中心部

能登半島地震被災地訪問(4) 多数の飼い猫が行方不明に


能登半島地震被災地訪問(4) 多数の飼い猫が行方不明に

輪島市中心部では、地震・火災の際に逃げ出してしまい、そのまま行方が分からなくなった飼い猫を探す貼り紙が多数掲示してありました。

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

 

災害時に犬猫は行方不明になりやすいのです。

どこかで捕獲・保護されたとしても、誰が飼い主か分からなければ、飼い主の元に戻せないこともあります。

室内で飼っていた犬猫ならば、首輪をしていないことも多いでしょう。

 

 

このような際に、飼い主を探すのに有用なのが、犬猫のマイクロチップ情報登録です。

動物愛護管理法により、ペットショップ・ブリーダーにより新規に販売される犬猫へのマイクロチップ装着は2023年に義務化されております。

しかしながら、義務化される前に販売された犬猫や、個人間で譲渡された犬猫は、マイクロチップ装着していない犬猫も多数おります。

 

 

犬猫をお飼いの皆様で、マイクロチップ装着をしていない方々には、災害対策として、是非とも速やかにマイクロチップ装着なさることをお勧め致します。

本年、県議会 令和6年(2024年)2月定例会の予算特別委員会でも、県による犬猫マイクロチップ装着の啓発活動強化を訴えたところです。

 

(続く)

能登半島地震被災地訪問(1) 七尾市・和倉温泉

能登半島地震被災地訪問(2) 半島の西部–志賀町・輪島市

能登半島地震被災地訪問(3) 輪島市中心部

 

能登半島地震被災地訪問(5) 珠洲市


能登半島地震被災地訪問(3) 輪島市中心部

輪島市中心部へ。

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

道の駅に隣接して設けられた仮設住宅。

バリアフリー構造になっています。

 

 

市内では、ドラッグストア、ガソリンスタンド、スーパーなどは平常通りの営業を行っております。

多数のパトカーがパトロールしていました。
全国各地から対口支援が入っており、たまたますれ違ったパトカーは、鹿児島県警のパトカーでした。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

多くの建物が傾いています。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

斜めに傾いた電柱。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

倒壊した建物の比率は、七尾市中心部より多く感じます。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

ぺちゃんこに倒壊し、ガレキが道路にまではみ出ていますが、撤去されずにそのままになっています。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

輪島塗の五島屋本社ビル。

1973年築、7階建て、RC造。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

基礎部分がすっぽ抜けるような形で倒壊しています。

基礎の鉄筋類が見当たりません。

 

建築工学的にはこのような倒れ方は考えられないようで、まだ倒壊のメカニズムについて調査研究中のようです。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

大規模な火災が発生した朝市地区へ。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

まだ少し焦げ臭さが漂います。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

不思議なことに、電柱と電線は残ってます。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

自動販売機が横倒しになっています。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

空き地は雑草が繁茂していました。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

空調設備の室外機。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

ガレキは雨ざらしのため、赤錆だらけになっています。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

なんともショッキングな光景が一面に広がっていました。

 

重機が入ってガレキ撤去作業をしている建物が一箇所だけありましたが、ガレキはほとんど手つかずでそのままになっています。

 

復興支援のために、輪島塗のお椀でも買って帰ろうかと考えていたのですが、開いているお土産屋は一軒もありませんでした。

 

(続く)

能登半島地震被災地訪問(1) 七尾市・和倉温泉

能登半島地震被災地訪問(2) 半島の西部–志賀町・輪島市

 

能登半島地震被災地訪問(4) 多数の飼い猫が行方不明に

能登半島地震被災地訪問(5) 珠洲市


能登半島地震被災地訪問(2) 半島の西部–志賀町・輪島市

能登半島の西岸の海沿いを、羽咋市 → 志賀町 → 輪島市と北上しました。

 

202405 能登半島地震被災地

観光名所である巌門

かつては波の侵食によって岩がくり抜かれ、門のようになっていたようですが、すっかり崩れて埋まってしまいました。

ここを訪れる観光客を目当てにした土産物屋や飲食店があり、遊覧船も運航されていたようです。

 

 

202405 能登半島地震被災地

巌門の近くの道路。

ひび割れた箇所に赤いスプレーで印がつけてあります。

 

 

202405 能登半島地震被災地

幹線道路沿いの土砂崩れ箇所の工事現場。

このような工事は、あちこちで見かけました。

 

 

202405 能登半島地震被災地

能登半島全域に渡り、黒光りした重厚な瓦屋根を用いた家屋がたくさんありました。

やはり重いものと思います。

地震には弱いでしょうね。

 

瓦屋根の一部が壊れ、ブルーシートをかぶせて応急措置を施している家屋は、無数にありました。

 

202405 能登半島地震被災地

ちょっとした観光名所のトトロ岩

かつては、写真右側にも耳のような部分がついており、左右対称で、トトロのような形だったそうですが、崩れました。

 

 

202405 能登半島地震被災地

海沿いの幹線道路。

道路に段差ができたり割れたりした箇所は、簡易舗装によって応急措置が施されています。

あくまでも簡易な措置であり、ついうっかりスピードを出したまま乗りかかってしまうと、衝撃で突き上げられてしまうことになります。

 

 

202405 能登半島地震被災地

地盤隆起により、テトラポットの内側の浜辺が干上がっています。

テトラポットの白色の下半分は、かつては海水面下にあったものと思います。

 

 

202405 能登半島地震被災地

黒島漁港

小さな漁港です。

地盤隆起により、堤防の内側の港がすっかり干上がってしまいました。

もはや港としては使い物になりません。

 

 

202405 能登半島地震被災地

黒島地区

かつては、天領として、北前船の海運業で栄えた集落です。

伝統的な家屋が保存されています。

黒光りする重厚な瓦屋根、横板の壁面が特徴です。

 

 

202405 能登半島地震被災地

かなりの数の家屋が倒壊し、倒壊したままになっています。

 

 

202405 能登半島地震被災地

倒壊していない家屋も、傾いたり、何らかの被害を受けたところが多いようです。

 

 

202405 能登半島地震被災地

集落の鎮守の杜である、黒島 若宮八幡神社。

鳥居が倒壊しています。

 

 

202405 能登半島地震被災地

江戸時代の古い町並みが保存されており、集落内にはクルマが通れないような細い路地が縦横に走っていますが、この写真のように通れなくなっている箇所も多数あります。

 

202405 能登半島地震被災地

鹿磯(かいそ)漁港

ここは規模の大きな漁港です。

ここは最大で4m地盤隆起しました。

 

 

202405 能登半島地震被災地

漁船が港内に転覆したまま放置されています。

 

 

202405 能登半島地震被災地

干上がってはいませんが、地盤が露出しており、港として使用できる状態ではありません。

 

黒島漁港と鹿磯漁港は、3月に、天皇皇后両陛下が行幸啓されお見舞い賜りました。

 

続いて海沿いの道を北上しようとしましたが、まだ一般車通行止め(災害支援関係者、居住者のみ通行可)の箇所が多く、内陸の道路を通って輪島市中心部へ向かいます。

(続く)

能登半島地震被災地訪問(1) 七尾市・和倉温泉

 

能登半島地震被災地訪問(3) 輪島市中心部

能登半島地震被災地訪問(4) 多数の飼い猫が行方不明に

能登半島地震被災地訪問(5) 珠洲市


能登半島地震被災地訪問(1) 七尾市・和倉温泉

まず初めに、能登半島地震において被災された方々には、心よりお見舞い申し上げます。

 

 

先週、令和6年(2024年)5月29-31日、能登半島地震の被災地を一通り視察してきました。

幾つかのエントリに分けて写真レポートします。

 

 

七尾市中心部

関越道、上信越道、北陸道と、延々とクルマを運転して、七尾市へ。

 

七尾市は、埼玉県が対口支援を行っている自治体です。

対口支援とは、被災地の市町村ごとに、支援する側の自治体を、割り当てて決めてしまって、中央で管理するのではなく直接やり取りすることによって、双方にとって効率の良い支援体制を作っていこうという考え方です。

発災直後から、今日に至るまで、埼玉県・県内市町村の職員、埼玉県警の警察官が派遣されて支援を行っています。

 

市内では、さいたま市のワゴン車を見かけました。

 

 

コンビニ、ガソリンスタンドなどは普段通りの営業体制に既に戻っているようでした。

 

 

202405 能登半島地震被災地 七尾

能登半島全域が、市内中心地といえども過疎化が進んでいるエリアなので、そもそも地震とは関係なく空き家であり倒壊しかけた廃屋だったのか、地震によって破壊・倒壊したのか、判別しにくいです。

 

 

202405 能登半島地震被災地 七尾

入口がベニヤ板で塞がれている商店。

 

この店は、(公社)七尾市シルバー人材センターが経営しているショップだったようで、googleストリートビュを見ると、2023年9月の最新画像では、営業していたお店であることが分かります。

 

 

202405 能登半島地震被災地 七尾

その隣りのこの物件は、2023年9月時点の画像では、既に「売物件」の看板が掲示されていました。

震災の影響で廃業したわけではないようです。

タイル舗装の道路と、建物の土台の継ぎ目の部分が、ズレて割れてしまっています。

 

 

202405 能登半島地震被災地 七尾

板塀が傾いています。

 

 

202405 能登半島地震被災地 七尾

ぺちゃんこに倒壊した家屋。

クルマが下敷きになってしまっています。

ガレキは道路にはみ出ていますが、撤去されずにそのままになっています。
道路は、クルマが通れないように塞がれていますが、通行人は普通に通ることができます。

今後、大きな余震があれば、さらに崩れる可能性もあり、通行人にとっては危険な状態です。
しかしながら、能登半島全域に倒壊した建物は、依然として多数あり、ガレキの撤去がほとんど進んでいない中で、いちいち通行人の通行規制までやっていられない、といったところでしょう。

 

 

202405 能登半島地震被災地 七尾

民家の土塀が倒れていました。

 

 

和倉温泉

和倉温泉は、高級旅館中心の温泉街で、かなりきれいな街並みでした。

202405 能登半島地震被災地 和倉温泉

総湯。

この北陸地域の温泉街では、中心に「総湯」という名の公衆温泉浴場が設けられています。

タイル舗装の一部が剥がれていました。

平常通り営業していました。

 

 

202405 能登半島地震被災地 和倉温泉

高級旅館の加賀屋。

前面道路の一部が陥没しており、水たまりになっていました。

 

加賀屋に限らず、和倉温泉の高級旅館の建物は、一見すると何の被害もないようですが、全面的にダメージを受けたようで、今は平常通りの営業はしていません。

又聞きの情報ですが、食事の提供などは行わず、インフラ系・建設土木系の技士・作業員の滞在用宿舎として提供されている旅館もあるようです。

 

 

202405 能登半島地震被災地 和倉温泉

加賀屋の入口。

 

 

202405 能登半島地震被災地 和倉温泉

グレーチングがひん曲がっています。

地震によってかなり大きな力が加わったことが分かります。

 

 

202405 能登半島地震被災地 和倉温泉

加賀屋のメイン棟。

写真を拡大してみると、壁面に x字に亀裂が入っていることが分かります。

駆体全体に渡って、構造的な大きな力が加わっています。

 

 

202405 能登半島地震被災地 和倉温泉

対岸に見えるのは、能登島。

和倉温泉が面している海は、穏やかな内海であり、潮位差もそれほど大きくないようです。

堤防はまったく設けられておらず、海沿いの際に建物が建てられています。

 

こちらの北国新聞の記事によると、全面的に護岸が崩れているそうです。

建物の改修をするにしても建て替えるにしても、いずれにしても、まずは護岸の改修が先だ、といったところですが、護岸改修のメドは立っていないとのことです。

 

(続く)

能登半島地震被災地訪問(2) 半島の西部–志賀町・輪島市

能登半島地震被災地訪問(3) 輪島市中心部

能登半島地震被災地訪問(4) 多数の飼い猫が行方不明に

能登半島地震被災地訪問(5) 珠洲市