憲法改正についての世論調査結果は、メディアによってこんなにも違う。

(先のエントリ
hoya_t blog : 自民党蕨支部総会がございました。
の続きです。)

 

主要各メディアの直近1ヶ月以内の世論調査結果をざっくり取り出してみると、
改正そのものの賛否を問う設問についての回答は、以下のような感じです。

 

日経新聞 2017/5/3 : 憲法改正、賛否が拮抗 施行70年、改憲支持伸びる

賛成:45%
反対:46%

 

朝日新聞 2017/5/2:現行憲法「日本にとってよかった」89% 朝日世論調査

賛成:41%
反対:50%

 

産経新聞 2017/5/15:憲法、自衛隊の存在明文化「賛成」55・4% 現行憲法が「時代に合っていると思わない」59・1%

賛成:50%
反対:44%

 

毎日新聞 2017/5/3:毎日新聞世論調査 憲法改正「賛成」48% 9条は「反対」46% 施行70年

賛成:48%
反対:33%

 

読売新聞 2017/4/28:施行70年、憲法の役割「評価」89%

賛成:49%
反対:49%

 

東京新聞 2017/4/30 :不戦「9条が貢献」75% 安倍政権で改憲「反対」51% 世論調査

賛成:60%
反対:37%

 

 

ということで、驚くほど、メディアによって比率が異なります。

各リンク先のページをざっと読めば分かりますが、設問の文章、選択肢の文言がそれぞれ絶妙に異なるために、このような違いが生じています。

「これって悪質な誘導質問じゃないの??」と疑わしく思ってしまうような聞き方をしているところもあります。

 

中立的、客観的な調査を行おうとするのであれば、、あらゆるバイアスからフリーにならなくてはならないわけですが、「憲法をどう考えるか?」という、根本的な国家観そのものを問う調査に当たっては、それがとても難しいのです。

 

かように、世論というものは、これを読み解くことが難しいのです。

 

末端の一自民党員としては、直近数年間の国政選挙における自公圧勝の状況などから、「何となく、憲法改正へ向けての気運が高まってきたような気がする」と感じてしまいがちなのですが、この点はとても注意深く考える必要があります。

 

憲法改正の手続きは、一度チャレンジして国民投票で否決されれば、二度目のチャレンジはかなりハードルが高くなります。
改憲派としては、「何度でも気軽にチャレンジしよう」ではなく、「失敗してはならない、一発必中で進めていこう」という心構えが必要となります。


自民党蕨支部総会がございました。

先日2017年5月13日(土)、蕨市民会館におきまして、自民党蕨支部の総会が開催されました。

昨年度の事業報告・決算、今年度の事業計画・予算、人事案の全てが可決されました。
私は、会計として、決算案と予算案の説明を致しました。

201705_自民党蕨支部総会

関係者の皆様、お疲れ様でした。

 

 

さて、先日、安倍晋三 自民党総裁(内閣総理大臣)が2020年をターゲットに憲法改正を目指す、と、具体的なスケジュール感を明示致しました。

朝日新聞 2017/5/3 : 憲法改正「2020年に施行したい」首相がメッセージ

 

党員の間には、スケジュールや改正内容については、当然ですが、様々な意見があります。自民党は民主的な政党なので、党内に様々な考えがあるのは、当たり前のことです。

自民党は、1955年の保守合同による立党以来、憲法改正を党是として掲げてきましたので、一丸となって取り組んでいくべきものと思います。

よく選挙の立候補者の選挙向けスローガンで「子供にツケを回さないようにしよう!」というものがありますが、現行憲法のくびきこそが、私の世代が親の世代から受け継いだ、最大のツケと言えるものです。更に次の世代にツケ回さないようにするために、何としても今の現役世代で解決するべきものと考えます。

(憲法改正についての話は、次のエントリに続く。)


今上天皇の譲位について

宮内庁 2016/8/8 : 象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば

陛下自らが、譲位をお求めになりました。

私は、天皇陛下の譲位については反対であります。
以下に私の考えを説明致します。

 

陛下のお言葉を引用すると、

私は,我が国における多くの喜びの時,また悲しみの時を,人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして,何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが,同時に事にあたっては,時として人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に,国民統合の象徴としての役割を果たすためには,天皇が国民に,天皇という象徴の立場への理解を求めると共に,天皇もまた,自らのありように深く心し,国民に対する理解を深め,常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。

つまり、陛下は、
天皇の仕事を、

①国民の安寧と幸せを祈ること
②人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うこと

と定義しておられます。

①は、宮中祭祀を指します。
②が指す具体的な内容を、続いて以下のように述べておられます。

日本の各地,とりわけ遠隔の地や島々への旅も,私は天皇の象徴的行為として,大切なものと感じて来ました。

つまり、国内各地を行幸されることが、天皇の仕事として必要だと認識しておられます。

その上で、

天皇の高齢化に伴う対処の仕方が,国事行為や,その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには,無理があろうと思われます。

加齢による体力の衰えを理由として、②行幸を縮小することは、無理である(=天皇の仕事を果たしていることにはならない)と述べておられます。

 

しかしながら、本来の天皇陛下の仕事は、①祭祀だけで充分なのです。

陛下の存在そのものが、一億二千万日本国臣民の安寧であり、幸せなのです。

②行幸が加齢による体力の衰えのために不可能だからといって、譲位される必要はなく、摂政を配置して、②は摂政にやってもらえばいいわけです(行啓)。

 

 

もちろん、陛下はそのような考え方があることもご承知の上で、摂政を配するのではなく、御自ら②行幸も果たすことを望み、それが叶わぬならば譲位したいとお考えになり、8月8日の「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」を表明なさったのだろうと忖度致します。

大御心をたいへんありがたく感じます。

 

しかしながら、繰り返しになりますが、天皇陛下は、ただ存在するだけで、臣民は安寧であり、幸せなのです。

市井には、「陛下はもう年取っておじいちゃんなんだから、これ以上働かせるのはかわいそうだ。望む通りに譲位させてやればいいじゃん」という考え方が広がっているのですが、これは、全くもって的外れで間違った考えです。

 

現下の状況においては、一身を賭して君をお諌め申し上げることも、臣の忠たる道であろうと思います。


日本維新の会が分党

朝日:日本維新の会、分党へ 石原・橋下両共同代表が合意(2014/5/29)

日本維新の会が、旧大阪維新の会系(橋下徹系)と、旧太陽の党系(石原慎太郎系)に分裂するそうだ。

分裂する理由は、結いの党との合併交渉を巡り、お互いの憲法観の違いが浮き彫りになり、もはや一緒にやっていくことが不可能な状況になったため。

一人一人、立ち位置も考え方もことなるので、同じ政党に所属する政治家全員が、全てのテーマについてまったく同じ考えを持っている、などということはあり得ない。
小さな違いには目をつぶって妥協し、大きな志を実現するために徒党を組むのが政党というものだ。

憲法あるいは国体をどう考えるか?というテーマは、国政の根幹を為すものなので、ここで考え方に違いがあったらそもそも団結することは不可能なはずで、分裂はやむを得ないだろう。

 

1994年 衆議院小選挙区比例代表並立制導入において、日本国民は、二大政党制を志向した

1994年、公職選挙法が改正され、衆議院の選挙制度が、中選挙区制から小選挙区比例代表並立制に変更された。

悪の帝国であるソ連が崩壊して冷戦が終結し、共産主義の脅威がなくなったことにより、イデオロギー対立の図式が崩れた。

それまでは、国内が共産化する危険性を排除するために、自民党を圧倒的に強い与党第一党として固定する必要があった。

それが55年体制である。

共産主義の脅威が消え去ったことにより、55年体制を維持する必要がなくなった。

日本国民は、ここで、緩やかな政策の違いを持つ2大政党制を目指すこととした。
本来、二大政党制を実現するのならば完全な小選挙区制が制度論的には理想的なのだが、既存小規模政党への配慮による妥協の産物で、小規模政党が生き残りやすい比例代表制をハイブリッドした、小選挙区比例代表並立制が、1994年に導入された。

 

つまり、1994年時点で、日本国民は総意として二大政党制を志向し、その結果として小選挙区比例代表並立制という選挙制度を導入したわけだ。

 

二大政党制は、未だに実現しておらず

その後、自民党も何度か下野し、分裂し、様々な小規模政党が合従連衡を繰り返しているが、未だに1994年時点で日本国民が志向することにした二大政党制は実現していない。

既に20年経ったわけが、
・未だに二大政党制に収斂するまでの過渡期が続いていて、引き続き政界再編を続ける意志と努力が必要なのか?
・そもそも二大政党制は我が国に向いておらず、他の選挙制度を模索するべきなのか?

 

二大政党制を実現するためには、対立軸が必要

1994年時点で想定されていた二大政党の対立軸は、
小さな政府 ←→ 大きな政府
だった。

私見だが、このような対立軸は、政治家がリーダーシップを取って考えた後に、国民のコンセンサスを得て、努力によって形作っていくものだ。
対立軸は、何となく自然に浮き彫りになってくるものではない。

この流れが推し進められれば、与野党を含む政界の合従連衡によって、最終的には
・小さな政府を志向する政党A
・大きな政府を志向する政党B
に収斂されていくべきところだった。

現在は、ゆるやかに
・小さな政府派:自民党、旧太陽の党、旧大阪維新の会の一部
・大きな政府派:民主党、その他の野党の一部
と分かれている。

 

一つの仮設として、「小さな政府 ←→ 大きな政府」という対立軸の設定は、間違っているのではないか?
別の対立軸を設定する必要があるのではないか?

 

憲法観を対立軸に設定したら、どうなるか?

一つの案として、憲法観を二大政党制の対立軸に設定してみてはどうだろうか?

憲法をどう考えるか?というテーマは、すなはち、国体をどう考えるか?というテーマに等しい。(英語で言えば、ともにconstitution)
それはすなはち、
我が民族はどのような民族なのか?
我が国はどのような国なのか?
皇室はどのような存在なのか?
大東亜戦争はどのような戦いであったのか?
という、国家観、歴史観を背景とした議論とならざるを得ない。

現今の我が国では、「小さな政府 ←→ 大きな政府」という政策議論以前に、国家観、歴史観が分裂しているので、これを巡る対立軸を設定することが必要なのではないか。

 

日本維新の会は、憲法観を巡って分裂した。
分裂したそれぞれのグループは、他の政党と合併することになり、他の野党も巻き込んで、更なる野党の再編成が進むことになるだろう。

ところで、実は自公政権内にも異なる憲法観が存在している。

 

もし仮に、今このタイミングで、自民党リーダーが憲法観を対立軸として二大政党制を作るための政界再編を成し遂げようと決意したならば、政権与党自らも異なる憲法観グループごとに大分裂を行った上で、石原慎太郎氏の旧太陽の党グループなどの、憲法観を同じくする野党グループには辞を低くして合併を乞うていくことが必要になるだろう。

自主憲法制定に向けた機運がこれだけ盛り上がっている中で、それが実現すれば歴史的な偉業となるだろう。


自民党蕨支部 役員会がございました。

先日、2013年6月8日(土)、自民党蕨支部の役員会がございました。
6月22日(土)に行われる蕨支部総会に向けて、2013年度事業計画、人事などの議案審議を行いました。これらの議案は、総会に上程されることになります。
また、来る7月の参議院議員選挙に向けて、気勢を上げました。

私 ほやたけし(保谷武)は、蕨支部の会計を仰せつかっております。
自民党は、自主憲法制定を綱領の一つとして掲げる政党であります。
https://www.jimin.jp/aboutus/declaration/
この度の参議院議員選挙は、大東亜戦争敗戦後の米国占領時代に制定された現行憲法下において、改正へ向けての具体的な道筋が見えてきた重大な選挙でございます。
私達現役世代は、言うならば、私達の祖父母、曾祖父母時代のツケを未だに払わされているわけですが(もちろんのこと祖父母、曾祖父母からツケ以上に膨大な恩恵を蒙っていることは言うまでもありません)、これ以上私達の子孫にたらい回すわけにはいきませんので、何としても私達の世代で自主憲法制定を成し遂げたいと思います。

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挨拶する須賀敬史 自民党蕨支部長(埼玉県議会議員)

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挨拶する田中良生 自民党埼玉15区支部長(衆議院議員)