2024自民党総裁選の日程が決まる

本年、令和6年(2024年)自民党総裁選の日程が、

9月12日告示
9月27日投開票

と確定しました。

投開票日まで1ヶ月ちょいしかないのですが、けっこうギリギリに決めるものです。

 

 

現職の岸田文雄総裁(総理)は続投断念しましたので、新人同士の争いとなります。

 

まだ立候補予定者は出揃っていませんが、マスメディア報道等によりますと、10名くらいが立候補の方途を探っているようです。

立候補するためには20名の推薦人が必要で、第1段階としてかなり高いハードルです。

立候補を希望する人が多いため、推薦人集めが難しくなりそうです。20名の推薦人を集められずに立候補断念に追い込まれる人も出てくるのではないでしょうか。

 

 

私は、前回の令和3年(2021年)総裁選では高市早苗氏を支持しました。

 

 

今回については、立候補予定者のリストが出揃ってから態度を決定するつもりです。

 

 

今回、私が重視するポイントは、以下です。

  • 自民党再生策

自民党をどうやって再生させるのか。
(生まれ変わるとかぶっ壊すといった、イメージだけの威勢の良いスローガンを聞きたいわけではない。具体的な方法は。)

 

  • 国家観

日本人の人口減少を前提として、国家をどのようにデザインしていくか。
(狭義の少子化対策=合計特殊出生率の向上策についてではない。
移民を受け入れて国全体の人口維持を目指すか、否か。移民を受け入れないならば、国全体の人口減少が前提となる。その際、競争力をどのように維持・発展させていくのか、縮小を目指すのか。)

 

  • 実績

議員としてではなく、国務大臣としての実績は、どのようなものか。

旭町3町会の納涼盆踊り

この週末(令和6年 2024年 8月17-18日)は、中央1~3丁目旭町町会の、3町会合同の納涼盆踊りが、柳橋公園でございました。

 

16日(金)には大型の台風が関東地方に接近し、心配されたところですが、無事に開催出来て何よりでした。

 

この3町会が合同で納涼盆踊りを行うのは今年が初めてとのことです。

このような合同イベントを機に、隣り合う町会同士が友好関係を深め、メンバ間の個人的な人間関係を開拓していいかれることを希望します。

 

20240818 旭町3町会納涼盆踊り

ご挨拶させていただきました。

 

20240818 旭町3町会納涼盆踊り

櫓の上でご挨拶させていただき、光栄であります。

 

20240818 旭町3町会納涼盆踊り

20240818 旭町3町会納涼盆踊り

役員の皆さんと記念撮影をさせていただきました。

 

20240818 旭町3町会納涼盆踊り

居心地がよく、締めまでおじゃましてしまいました。

 

関係者の皆様、お疲れ様でした。

静岡県の茶業研究センター、茶業機械メーカを視察

先日、令和6年(2024年)8月5日(月)、埼玉県議会 自民党議員団の当選一期生有志4名にて、静岡県の

  • 静岡県 農業・林業研究所 茶業研究センター
  • カワサキ機工(株)様(茶業に特化した機械メーカ)

を視察してまいりました。

また、埼玉県農林部の方々にもご同行いただきました。

 

 

埼玉県の茶業

蕨市では茶の生産はまったく行われていませんので、気が付きにくいのですが、実は、埼玉県は茶の名産地です。

狭山茶ですね。

産地は、入間市・狭山市・鶴ヶ島市・所沢市です。
狭山茶というブランド名ですが、実は、これらの市の中で生産高が最も大きいのは、入間市です。

 

私の妻は所沢出身ですが、小学校の社会科見学で茶園に行ったことがあり、所沢市民にとっては茶業はかなり身近な存在だそうです。

 

茶業の振興は、県議会でもたびたび取り上げられるテーマです。
上記の4市から選出された議員が、入れ代わり立ち代わり、ほぼ毎定例会ごとに一般質問で取り上げるようなイメージです。

 

ということで、茶業振興は、蕨市民としてはほぼ無関係なテーマですが、埼玉県議会議員としては理解しておきたいテーマであります。

 

 

静岡の茶畑の様子

東海道新幹線で掛川駅で降り、レンタカーで菊川へ。
菊川に茶業研究センターもカワサキ機工(株)様の本社もあります。

このエリアが茶の産地です。

 

20240805 静岡県茶業関連視察

見渡す限り広大な茶畑が広がっています。

ポールの上部に取り付けられている羽根は、霜害防止ファンです。
埼玉県の狭山茶の産地でもよく見かけるものです。

静岡県は温暖な気候ですが、それでも霜害対策は必要なのですね。

 

20240805 静岡県茶業関連視察

茶畑の上に太陽光発電パネルが設置されているという、珍しい畑がありました。

 

また、茶畑の木が伸び茂るまま、手入れがなされていない、放棄茶畑もありました。

 

 

茶業に特化した機械メーカ:カワサキ機工(株)様

20240805 静岡県茶業関連視察

茶園管理アプリケーション、製茶機械などを製造しています。

茶業全体の縮小に伴い、茶業機械メーカは、今は2社しか残っていないそうです。

全国に顧客がおり、コンサル的な役割も求められるためか、業界事情・情報が集まっているようです。広く深く解説してもらいました。
この話がかなり面白く、茶業界全体の課題や、狭山茶の強み/弱みを俯瞰する視点を得ることができました。

 

 

リーフ茶(茶葉の状態での商品)からTB茶(ティーバッグ)、ドリンク茶(ペットボトル類)への移行の流れは留まるところを知らず、茶業界は衰退し続けています。

リーフ茶よりドリンク茶は、g単価が圧倒的に低いのです。

全体の消費量は横這いだとしても、利益率が下がってきている、ということなのだと推測します。

海外におけるmatchaブームは、一時のブームではなく、もはや定着した傾向です。
しかしながら、matcha輸出に成功しているのは鹿児島などの一部産地のみのようです。狭山茶においては、輸出が出来る卸・商社がいないのが悩みです。

 

 

狭山茶の事業者の特徴は、自園・自製・自販という垂直統合です。
これは他の産地にはありません。

これは従来は狭山茶のアドバンテージであると語られていたのですが、
逆に、

・輸出や付加価値の創造に力を入れる卸・商社が育たなかった。

・業界団体の力が弱い。

というディスアドバンテージも生じています。

 

海外のデパートや展示場などで「JAPAN食品フェア」のような期間限定のイベントに出店すると、だいたい日本茶は大人気で完売するそうですが、その後の継続的な取引に繋がることは、まず無いとのことでした。

継続的な輸出取引を行うためには、卸・商社をかませないと不可能です。あるいは、業界団体が力を入れてサポートするというやり方もあり得ます。

有力な卸・商社がおらず、業界団体の力が弱い狭山茶にとっては、分が悪いところです。

 

 

茶業者が今後、生き残っていくためには、

・高級路線、付加価値の創造

・ドリンク茶メーカの下請けとして細々生きる

の2択です。

 

 

カワサキ機工の方曰く、今後付加しうる新たな付加価値の方向性は、

・香り

・有機(特にEUへの輸出の場合は重要な要素)

であろう、との見解でした。

 

但し、同行した某氏曰く、有機栽培はコスト高な上に、味も落ちる。それでも有機を好むという嗜好もあるだろうが、消費者のすべてが有機を選好するとは思えない、とのことでした。

 

20240805 静岡県茶業関連視察

 

 

静岡県茶業研究センター

都道府県として茶業専門の研究施設を持っているところは少なく、埼玉県、静岡県、京都府、三重県くらいです。それぞれ茶の名産地ですね。

 

20240805 静岡県茶業関連視察

静岡県の茶業研究センターは、建物老朽化のため、新築中でした。

まだ工事中のため、中には入れませんでした。

 

20240805 静岡県茶業関連視察

時間貸し研究施設を見学しました。

 

上記「カワサキ機工で聞いた話」で触れたように、茶業者にとおっては、付加価値の創造が、今後の生き残りのために死活的な課題です。

そのため、静岡県茶業研究所は、自ら付加価値の創造を目指す事業者向けに、研究施設を時間貸ししています。

 

 

20240805 静岡県茶業関連視察

時間貸し研究施設の機材を用いて作ったサンプル製品。

茶葉を圧縮して作ったオイル、茶のアロマスプレーなど。

 

20240805 静岡県茶業関連視察

最後に記念撮影をしました。

 

視察を受け入れてくださった、カワサキ機工(株)様、静岡県茶業研究センター様、ありがとうございました。

機祭りの神事

令和6年(2024年)8月6日(水)塚越稲荷神社境内の機神社にて、機祭りの神事が行われました。

20240806 機神社にて機祭りの神事

今年の蕨機祭りは、8月2-4日の3日間、大盛況のうちに、事故やケガ人もなく、無事に終えることが出来ました。

神事は、これとは別に、日を決めて執り行われます。

 

 

いわゆる「お祭り」には、2種類あります。

  • 浮かれ騒ぐ、祝祭・カーニバル
  • 神に感謝し、祈る、神事

 

8月2-4日に行われた蕨機祭りは、前者の祝祭・カーニバルであり、
6日の行われたのは、後者の神事です。

 

 

20240806 機神社にて機祭りの神事

厳かな雰囲気。

 

20240806 機神社にて機祭りの神事

地元県議会議員として出席させていただきました。

 

20240806 機神社にて機祭りの神事

直会にて、左から、

大石幸一 市議会議長

遊馬幸恵 蕨商工会議所青年部(YEG)会長

 

関係者の皆様、暑い中をお疲れ様でした。

2024年7月 東日本大震災被災地巡り(7) 中間貯蔵施設

自民党青年局の被災地巡りツアーは、最後の目的地である中間貯蔵施設へ。

2024年7月 東日本大震災被災地巡り(1) 田老
2024年7月 東日本大震災被災地巡り(2) 陸前高田
2024年7月 東日本大震災被災地巡り(3) 大川小学校
2024年7月 東日本大震災被災地巡り(4) 南三陸病院・伝承館・旧防災庁舎
2024年7月 東日本大震災被災地巡り(5) 多賀城高校災害科学科の生徒とのグループワーク
2024年7月 東日本大震災被災地巡り(6) 福島第一原子力発電所
2024年7月 東日本大震災被災地巡り(7) 中間貯蔵施設 ←この記事

 

202407 中間貯蔵施設

中間貯蔵工事情報センターという、広報センターにて、まず最初に説明をお聞きする。

 

 

中間貯蔵施設の名称・場所・広さ

環境省が運営しています。

これは、施設の固有名詞です。
一箇所しか存在しません。あちこちに何箇所もあるわけではありません。

中間貯蔵施設の地図

環境省:中間貯蔵施設情報サイトより。

 

福島第一原子力発電所を囲むように、半ドーナツ状の地帯に設けられています。

広さは1,600haで、かなり広大な面積です。

 

 

中間貯蔵施設の目的

除染した土壌、放射性廃棄物を、焼却して減容化(コンパクトにする)して、埋め立てる、一時的な仮置き場です。

 

「中間」は、何に対して中間なのか?というと、あくまでも一時的な仮置き場であり、最終置き場ではない、という、プロセス・スケジュール上、中間であることを示しています。

福島第一原子力発電所からの物理的な距離が、中距離である、という意味ではありません。

 

 

では、最終処分は、いつ、どうするのか?

未定です。

 

中間貯蔵施設の役割については、中間貯蔵・環境安全事業株式会社法という法律に明記されています。

この法律においては、中間貯蔵施設における仮置きは、中間貯蔵プロセスが開始された2015年から30年後の2045年3月までである、と定められています。

国は、2045年3月までに、最終処分する(最終置き場を決定し、運搬を完了する)義務を負っています。

 

しかしながら、現時点では、最終置き場の場所も、運搬プロセス、最終処分方法も決まっていません。

 

2045年というと、今から21年後です。

言わば、次の世代に最終処分を先送りした、という言い方も出来ます。

 

 

青森県むつ市の中間貯蔵施設との違い

むつ市にも中間貯蔵施設という名称の施設があるのすが、これは名前は同じでも、役割は全く異なるものです。

むつ市の中間貯蔵施設は、全国の原子力発電所で発生した使用済み核燃料を、再処理工場での再処理プロセスに回すまでの、一時的な仮置き場です。

 

 

中間貯蔵施設内の写真レポート

バスで見て回りました。

202407 中間貯蔵施設

放射性ガレキでしょうか。

この後、焼却して減容化(コンパクト化)することになるのだと思います。

 

202407 中間貯蔵施設

 

202407 中間貯蔵施設

202407 中間貯蔵施設

202407 中間貯蔵施設

敷地は広大なもので、国が土地を買収しています。

取り壊されずに残っている民家もあります。

 

202407 中間貯蔵施設

 

202407 中間貯蔵施設

広大な敷地内には、倒壊したままの建物も多数、放置されています。

 

202407 中間貯蔵施設

敷地内のサンライトおおくま見晴台より、福島第一原子力発電所を望む。

一号機から四号機までがよく見えます。

 

サンライトおおくまは、この場所のすぐ近くに建ってた特養老人ホームの名称です。google mapによると、未だに建物は放置されているようです。

 

202407 中間貯蔵施設

この場所の放射線量は、1.3マイクロSV(シーベルト)毎時でした。

 

202407 中間貯蔵施設

埋立地。

私達が立っている場所です。減容化(コンパクト化)した除染土壌、放射性廃棄物を埋めた後、被爆していない土をかぶせています。

将来の最終処分のプロセスにおいては、これらを掘り起こして、最終処分場に運搬することになります。

 

 

202407 中間貯蔵施設

202407 中間貯蔵施設

この地点の放射線量は、0.296マイクロSV(シーベルト)毎時でした。

 

この被災地視察シリーズは、以上です。

 

 

過去の東日本大震災被災地視察のレポート

2012年4月 私費で個人視察

2012年4月 津波の被災地に行ってきた。(1)仙台 貞山堀付近
2012年4月 津波の被災地に行ってきた。(2)野蒜
2012年4月 津波の被災地に行ってきた。(3)石巻
2012年4月 津波の被災地に行ってきた。(4)牡鹿半島
2012年4月 津波の被災地に行ってきた。(5)女川原発
2012年4月 津波の被災地に行ってきた。(6)女川~北上
2012年4月 津波の被災地に行ってきた。(7)南三陸
2012年4月 津波の被災地に行ってきた。(8)気仙沼~陸前高田
2012年4月 津波の被災地に行ってきた。(9)釜石

 

2012年7月 私費で個人視察

福島第一の近くに行ってみました。

 

2014年4月 私費で個人視察

東北被災地巡り その1 仙台荒浜
東北被災地巡り その2 野蒜
東北被災地巡り その3 石巻
東北被災地巡り その4 牡鹿半島
東北被災地巡り その5 女川~北上
東北被災地巡り その6 南三陸~気仙沼~陸前高田
東北被災地巡り その7 釜石
東北被災地巡り その8 大槌町
東北被災地巡り その9 山元町~南相馬市 フクイチ近く

 

2014年7月 蕨市議会の政務活動費で、当時の蕨市議会保守系会派での視察

陸前高田視察レポート

 

2017年5月 私費で個人視察

2017年 東北被災地巡り(1) 仙台 荒浜
2017年 東北被災地巡り(2) 奥松島
2017年 東北被災地巡り(3) 石巻
2017年 東北被災地巡り(4) 牡鹿半島
2017年 東北被災地巡り(5) 雄勝~河北~南三陸
2017年 東北被災地巡り(6) 気仙沼~陸前高田
2017年 東北被災地巡り(7) 釜石~大槌
2017年 東北被災地巡り(8) 山元町~フクイチ

 

2023年11月 県議会の政務活動費で個人視察

東日本大震災の被災地:名取市閖上を訪問

2024年7月 東日本大震災被災地巡り(6) 福島第一原子力発電所

自民党青年局の被災地巡りの最終日は、廃炉作業が進む東京電力 福島第一原子力発電所へ。

2024年7月 東日本大震災被災地巡り(1) 田老
2024年7月 東日本大震災被災地巡り(2) 陸前高田
2024年7月 東日本大震災被災地巡り(3) 大川小学校
2024年7月 東日本大震災被災地巡り(4) 南三陸病院・伝承館・旧防災庁舎
2024年7月 東日本大震災被災地巡り(5) 多賀城高校災害科学科の生徒とのグループワーク
2024年7月 東日本大震災被災地巡り(6) 福島第一原子力発電所 ←この記事
2024年7月 東日本大震災被災地巡り(7) 中間貯蔵施設

個人で申請して中に入れる場所ではないので、個人的には、最も楽しみにしていた訪問地がここでした。

 

 

富岡町~大熊町の様子

以下は、国道6号沿い、バスから眺めた街の様子です。

202407 富岡町~大熊町

帰還困難区域においては、建物の解体作業が順次進められています。

写真奥の家は、ツタが屋根の上にまで伸びて家に覆いかぶさるように成長しています。

 

202407 富岡町~大熊町

ケーズデンキ双葉富岡店

2011/3/11直後の新規オープン予定だったとのことで、一度も営業したことがない店舗です。

一応、取り壊しは行わず、草刈りなどのメンテナンスはしているようです。

 

 

地図と照らし合わせてみると、ここは、特定復興再生拠点区域です。

当初、帰還困難区域として指定されたものの、政策的に除染やインフラ整備などを集中的に進めた結果、住民の帰還・居住が可能になったエリアです。

 

政策的に選択され除染した地域であり、元々の放射線量が少なかった地域ということではありません。

富岡町、大熊町、双葉町、浪江町、葛尾村、飯舘村の6町村のうち、それぞれの町村の中心エリアが、特定復興再生拠点区域に選択されています。

 

202407 富岡町~大熊町

建物は取り壊され、塀のみが残っています。

 

202407 富岡町~大熊町

パチンコ屋。

 

202407 富岡町~大熊町

ここは一面の水田だったとのことですが、今は、草が生えたままの荒れ地となっています。

 

202407 富岡町~大熊町

特定復興再生拠点区域では、人が住み始めています。

震災後に建てられた新しいアパートかな?

 

 

福島第一原子力発電所で働く人たち

廃炉作業に従事する、東京電力及び関係会社のスタッフの皆様に感謝申し上げます。

 

現在、東京電力の社員1,000人、関係会社3,000人、合計4,000人のスタッフが廃炉作業を行っています。

 

後述のように、まだこれから廃炉完了まで、20-30年もかかる作業です。

今は、2011年事故を自ら体験し、事故を起こしたことに対して責任を感じている世代が作業に従事していますが、やがて、いつかは引退します。

いずれ、2011年事故を経験しなかった世代だけが、廃炉作業の指揮を執ることになります。

そうなった近い将来において、

・廃炉作業に従事するスタッフのモチベーションを如何にして確保するか。

・優秀な人材を如何にして確保するか。

が重要な課題になると思いました。

 

余談ですが、私の小中学生時代の友人で、東工大から東京電力に入った人がおります。事故後に福島第一原発に転勤したものの、メンタル的に耐えられなくて配置転換を願い出た、という話を聞きました。

「会社が命じる人事に異を唱えることが、自分のキャリアにどういう意味をもたらすかは重々承知の上だが、どうしても耐えられなかった」
と言っていました。

 

 

福島第一原子力発電所の廃炉のスケジュール

公表されている廃炉ロードマップは、大雑把なものですが、これは、研究し試行錯誤しながら進めていく作業であるため、明確なスケジュールを設定できないためです。

上記webサイト内では、

第2期 燃料デブリ取り出しが開始されるまで ~2021年12月

となっていますが、実際には、2024年7月現在、燃料デブリ取り出しはまだ始まっていません。これから試験的な取り出し作業が始まるところです。

 

燃料デブリとは、核燃料、制御棒、その他の設備類などが溶融して、冷えて固まったものです。形はバラバラだし、放射線量も高いので、取り出す作業は極めて困難です。

 

尚、チェルノブイリでは、燃料デブリの取り出しは、行いませんでした。

コンクリート製の壁で覆い尽くして封じ込める、という手段を取りました。
(つまり、根本的な解決ではない、と言える)

 

スリーマイル島では、炉心溶融したものの、燃料デブリは取り出しやすい規模・形状だったようで、事故から十数年程度で燃料デブリ取り出し作業が完了しております。

 

 

福島第一原子力発電所の施設内へ入る

施設内は一切写真撮影禁止です。

以下の写真は、全て、私が撮影したものではなく、自民党青年局視察団の事務局が公式に撮影したものです。

 

 

原子力施設のため、セキュリティは極めて厳重です。
事故を起こしたから、廃炉作業を行っているからという理由ではなく、原子力施設とはそもそもセキュリティは厳しいものです。

IAEAによる査察は、大規模なものは年に2回の頻度で受けているとのことでした。

 

 

202407 福島第一原子力発電所

1号機。

水素爆発が起こりました。

 

202407 福島第一原子力発電所

1号機は、建屋の壁は壊れ、鉄骨もひしゃげています。

 

202407 福島第一原子力発電所

右下に固まっているのは、ガレキです。

ガレキを撤去せずに放置したままとしている理由は、ガレキを撤去しようとすると、放射性ダストが飛散するからです。

 

今後、全体をすっぽり覆い尽くすカバー建屋を設け、飛散防止をした上で作業を進めていくことになります。

 

202407 福島第一原子力発電所

左が2号機。
2号機は水素爆発に至りませんでしたので、壁が原型をとどめています。水色地に不規則な点々の模様が入っているのは、オリジナルのデザインです。

中央の、円筒形の物体が載っているのが、3号機。

その右が4号機。

 

202407 福島第一原子力発電所

2号機と3号機の前で記念撮影。

 

原子炉建屋から80mの位置に見学台が設けられており、防護服無しでここまで行くことが出来ます。

 

全員が、個人線量計を装着しています。

男性は、貸与されたベストの胸ポケットに収納します。
女性は、お腹あたりのポケットに収納します。

これらの性別は、自認しているジェンダーではなく、生物学的ジェンダーを指します。
女性の場合は、子宮が最も被爆の影響を受けやすいから、というのが理由とのことです。

 

202407 福島第一原子力発電所

この位置での放射線量は、59.2マイクロSV(シーベルト)毎時でした。
1時間ここにいるとどのくらい被爆するかを示す数値です。

1m(ミリ)=1,000μ(マイクロ)ですので、0.0592ミリSV毎時と同じです。

 

 

ツアーが終わって本部棟に戻った時、私が装着していた個人線量計が示した被ばく量は、

・ガンマ線 0.01 ミリSV
・ベータ線 0.0 ミリSV(検出せず)

でした。

これは、ツアーの時間内に私が被爆した累積値を示します。

この数字は、おおむね、歯のレントゲン撮影1回分の被曝量です。
尚、胸部レントゲン撮影の場合は、もっと被曝量は大きく、1回当たり0.05~0.1ミリSVくらいです。

 

 

処理水のタンク

202407 福島第一原子力発電所

202407 福島第一原子力発電所

処理水のタンクの形状・色は、様々なものがあります。

メーカ純正仕様をそのまま使っているためであって、形状・色の違いによって使い方が異なるわけではない、とのことです。

 

 

ALPS処理水

ALPS処理とは、プロセスの名称です。

 

ALPS処理プロセスに投入する前の「汚染水」は、パイプの赤錆が混ざっているため赤茶けた色なのだそうです。

これを、ALPS処理を通すことによって、トリチウム以外の放射性物質を、適切な基準値以下に除去したものが、いわゆる「ALPS処理水」です。

トリチウムだけは除去する方法がないために、残ってしまうわけですね。

 

202407 福島第一原子力発電所

ALPS処理水。

なお、取り除いた、トリチウム以外の放射性物質については、最終的に処分する方法は未定とのことでした。

 

202407 福島第一原子力発電所

ALPS処理水を沖合いに放出するための配管は、このようなドリルで海底の地盤を掘削してトンネルを通しました。

ただパイプを海底に置くだけ、という方法もあり得ましたが、長期的に安定した作業が行えるようにと、トンネルを掘ったそうです。

 

202407 福島第一原子力発電所

この沖合いから、ALPS処理水を海洋放出しています。

 

202407 福島第一原子力発電所

質問する私。

 

 

過去の東日本大震災被災地視察のレポート

2012年4月 私費で個人視察

2012年4月 津波の被災地に行ってきた。(1)仙台 貞山堀付近
2012年4月 津波の被災地に行ってきた。(2)野蒜
2012年4月 津波の被災地に行ってきた。(3)石巻
2012年4月 津波の被災地に行ってきた。(4)牡鹿半島
2012年4月 津波の被災地に行ってきた。(5)女川原発
2012年4月 津波の被災地に行ってきた。(6)女川~北上
2012年4月 津波の被災地に行ってきた。(7)南三陸
2012年4月 津波の被災地に行ってきた。(8)気仙沼~陸前高田
2012年4月 津波の被災地に行ってきた。(9)釜石

 

2012年7月 私費で個人視察

福島第一の近くに行ってみました。

 

2014年4月 私費で個人視察

東北被災地巡り その1 仙台荒浜
東北被災地巡り その2 野蒜
東北被災地巡り その3 石巻
東北被災地巡り その4 牡鹿半島
東北被災地巡り その5 女川~北上
東北被災地巡り その6 南三陸~気仙沼~陸前高田
東北被災地巡り その7 釜石
東北被災地巡り その8 大槌町
東北被災地巡り その9 山元町~南相馬市 フクイチ近く

 

2014年7月 蕨市議会の政務活動費で、当時の蕨市議会保守系会派での視察

陸前高田視察レポート

 

2017年5月 私費で個人視察

2017年 東北被災地巡り(1) 仙台 荒浜
2017年 東北被災地巡り(2) 奥松島
2017年 東北被災地巡り(3) 石巻
2017年 東北被災地巡り(4) 牡鹿半島
2017年 東北被災地巡り(5) 雄勝~河北~南三陸
2017年 東北被災地巡り(6) 気仙沼~陸前高田
2017年 東北被災地巡り(7) 釜石~大槌
2017年 東北被災地巡り(8) 山元町~フクイチ

 

2023年11月 県議会の政務活動費で個人視察

東日本大震災の被災地:名取市閖上を訪問

2024年7月 東日本大震災被災地巡り(5) 多賀城高校災害科学科の生徒とのグループワーク

自民党青年局の被災地巡りツアーは、自民党宮城県連のアレンジにより、県立多賀城高校へ。

2024年7月 東日本大震災被災地巡り(1) 田老
2024年7月 東日本大震災被災地巡り(2) 陸前高田
2024年7月 東日本大震災被災地巡り(3) 大川小学校
2024年7月 東日本大震災被災地巡り(4) 南三陸病院・伝承館・旧防災庁舎
2024年7月 東日本大震災被災地巡り(5) 多賀城高校災害科学科の生徒とのグループワーク ←この記事
2024年7月 東日本大震災被災地巡り(6) 福島第一原子力発電所
2024年7月 東日本大震災被災地巡り(7) 中間貯蔵施設

 

この高校には、大震災を契機に、災害対策の人材を養成するための災害科学科という学科が設けられています。

「災害対策の人材」といっても、パッと思いつく進路は、消防士、自衛官、公務員、といったところですが、卒業後の進路は、進学する生徒が多いようです。

そもそも「災害科学」という学問領域が確立されているわけでもなく、高校レベルで災害科学教育といっても、教える側も試行錯誤といったところなのではないかと思います。在校生の皆様におかれましては、将来再び起こり得る災害にの被害を軽減するべく有為な人材となられることを期待します。

 

 

グループワーク

夏休みにも関わらず多くの生徒が学校に集まってくれました。
7,8人のグループに分かれてグループワークを行いました。

なかなか面白い試みであります。

 

一般的には、初等教育・中等教育の教育機関、特に公立の学校は、政党のイベントに参加したり、政党とタイアップした企画を行うことには、基本的には及び腰であるものです。

私達、自民党青年局とのタイアップしてのグループワークの機会を設けてくださった多賀城高校の先生方、生徒さんたちには感謝申し上げます。

 

202407 多賀城高校災害化学科の生徒たちとグループワーク

グループワークの様子。

 

202407 多賀城高校災害化学科の生徒たちとグループワーク

グループごとのディスカッションの成果物を発表しているところ。
(フルモザイク化したので、この写真では何が何だか分かりませんね)

左端の青いビブを着ているのが私です。

 

 

グループごとに、

高校生が、
・防災に関して現状の課題を一つ
・その課題に対する、自分なりの解決策のタタキ台案

を提示し、タタキ台を皆でもみもみ話し合ってブラッシュアップし、発表する、というものでした。

 

私達のグループでは、冒頭、高校生の一人より、

・課題:災害の伝承が、うまく行われていない
・解決策のタタキ台案:国が伝承館を造って運営する

と提示し、これを元にディスカッションを行いました。

 

「おっと!いきなり、国にやってくれ!って国頼みかよ!」

と私は驚愕してしまいました。

 

 

「伝承がうまくいっていない」これは分かります。

年月が経つにつれて、記憶も危機感も薄れていくのは、世の常です。

だからこそ、何とかしなくてはならない、危機感を醸成し、教訓を継承していかなくてはならない、という課題認識は、どこの地方自治体・地方議会でも共通して抱えているものです。

件の高校生は、「現状うまくいっていないのだから、国がやればいい!」とシンプルに考えてしまったようです。

 

「自助 – 共助 – 公助」のうち、公助を当てにしてはいけない、行政は頼りにならないし、頼ってはいけない、自分たちのことは自分たちで何とかするしか無い、あなたの家族を守れるのはあなただけなのだ、というのが、日頃、私が蕨市内の防災系のイベントなどでスピーチする機会がある度に口を酸っぱくして言っている話です。

今回の自民党青年局のツアーで訪れた一連の被災地、伝承館の類でも、最もぐっと胸に迫る思いがしたのは、家族や仲間を失いつつ、かろうじて生き残った被災体験者の方の生の体験談でした。お金をかけて作ったムービーや展示物ではありませんでした。

国がお金をかけて大々的なハコモノを作って運営するよりも、その土地の人達が頑張って、自分たちで考えて、生の体験談を話し聞かせる機会をたくさん作った方がいい、というのが、参加した地方議員の概ね共通の感覚なのですが、高校生たちとは根本的にずれているようでした。

 

私は、国に頼ってはダメだ、その土地の地元の人達が自分たちで頑張るしかないんだ、と強く話をしたのですが、高校生たちにどの程度伝わったか、ちょっと心もとなく感じます。

 

202407 多賀城高校災害化学科の生徒たちとグループワーク

最後に皆で記念撮影。

いやはや、高校生の生の感覚を知ることが出来たのは、とても有意義でありました。

 

 

過去の東日本大震災被災地視察のレポート

2012年4月 私費で個人視察

2012年4月 津波の被災地に行ってきた。(1)仙台 貞山堀付近
2012年4月 津波の被災地に行ってきた。(2)野蒜
2012年4月 津波の被災地に行ってきた。(3)石巻
2012年4月 津波の被災地に行ってきた。(4)牡鹿半島
2012年4月 津波の被災地に行ってきた。(5)女川原発
2012年4月 津波の被災地に行ってきた。(6)女川~北上
2012年4月 津波の被災地に行ってきた。(7)南三陸
2012年4月 津波の被災地に行ってきた。(8)気仙沼~陸前高田
2012年4月 津波の被災地に行ってきた。(9)釜石

 

2012年7月 私費で個人視察

福島第一の近くに行ってみました。

 

2014年4月 私費で個人視察

東北被災地巡り その1 仙台荒浜
東北被災地巡り その2 野蒜
東北被災地巡り その3 石巻
東北被災地巡り その4 牡鹿半島
東北被災地巡り その5 女川~北上
東北被災地巡り その6 南三陸~気仙沼~陸前高田
東北被災地巡り その7 釜石
東北被災地巡り その8 大槌町
東北被災地巡り その9 山元町~南相馬市 フクイチ近く

 

2014年7月 蕨市議会の政務活動費で、当時の蕨市議会保守系会派での視察

陸前高田視察レポート

 

2017年5月 私費で個人視察

2017年 東北被災地巡り(1) 仙台 荒浜
2017年 東北被災地巡り(2) 奥松島
2017年 東北被災地巡り(3) 石巻
2017年 東北被災地巡り(4) 牡鹿半島
2017年 東北被災地巡り(5) 雄勝~河北~南三陸
2017年 東北被災地巡り(6) 気仙沼~陸前高田
2017年 東北被災地巡り(7) 釜石~大槌
2017年 東北被災地巡り(8) 山元町~フクイチ

 

2023年11月 県議会の政務活動費で個人視察

東日本大震災の被災地:名取市閖上を訪問