能登半島地震被災地訪問(5) 珠洲市

珠洲市内へ。

 

珠洲といえば、ミドル距離の珠洲トライアスロンに2回出たことがあります。

ランのエイドに置いてあるスイカが甘くて絶品でした。

暑かったけど、楽しい大会でした。
レースそのものよりも、フィニッシュ後に眠気と戦いながらクルマを延々と運転して帰るのが何より辛かったことが思い出されます。

 

 

202405 能登半島地震被災地 珠洲

傾き、あさっての方向を向いたままの信号機。

 

 

202405 能登半島地震被災地 珠洲

市内の建物倒壊率は、七尾市や輪島市よりも高いように感じました。

 

 

202405 能登半島地震被災地 珠洲

この街も、ぎりぎりクルマが通れる程度の幅を残して道路上からガレキを除けただけで、ガレキ撤去作業はほとんど進んでいません。

 

 

202405 能登半島地震被災地 珠洲

古い家屋が多く、ほとんどすべての家が多かれ少なかれ被災しているように見えます。

 

 

半島内の各市中心部を回りましたが、どこも復興どころか、ガレキの撤去作業がほとんど進んでいません。

重機やダンプカーなどの姿すら見かけませんので、作業が進んでいる様子もありません。

 

 

202405 能登半島地震被災地 珠洲

30cmほども隆起したマンホール。

 

 

202405 能登半島地震被災地 見附島(軍艦島)

見附島(軍艦島)。

珠洲トライアスロンのラン折り返し地点がここでした。

もはや軍艦のような威容ではなくなり、ただの島になってしまいました。

 

 

(能登半島地震被災地の写真レポートは、このエントリで終わり)

あらためて、被災した方々には心よりお見舞い申し上げます。

能登半島地震被災地訪問(1) 七尾市・和倉温泉

能登半島地震被災地訪問(2) 半島の西部–志賀町・輪島市

能登半島地震被災地訪問(3) 輪島市中心部

能登半島地震被災地訪問(4) 多数の飼い猫が行方不明に


能登半島地震被災地訪問(4) 多数の飼い猫が行方不明に

輪島市中心部では、地震・火災の際に逃げ出してしまい、そのまま行方が分からなくなった飼い猫を探す貼り紙が多数掲示してありました。

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

 

災害時に犬猫は行方不明になりやすいのです。

どこかで捕獲・保護されたとしても、誰が飼い主か分からなければ、飼い主の元に戻せないこともあります。

室内で飼っていた犬猫ならば、首輪をしていないことも多いでしょう。

 

 

このような際に、飼い主を探すのに有用なのが、犬猫のマイクロチップ情報登録です。

動物愛護管理法により、ペットショップ・ブリーダーにより新規に販売される犬猫へのマイクロチップ装着は2023年に義務化されております。

しかしながら、義務化される前に販売された犬猫や、個人間で譲渡された犬猫は、マイクロチップ装着していない犬猫も多数おります。

 

 

犬猫をお飼いの皆様で、マイクロチップ装着をしていない方々には、災害対策として、是非とも速やかにマイクロチップ装着なさることをお勧め致します。

本年、県議会 令和6年(2024年)2月定例会の予算特別委員会でも、県による犬猫マイクロチップ装着の啓発活動強化を訴えたところです。

 

(続く)

能登半島地震被災地訪問(1) 七尾市・和倉温泉

能登半島地震被災地訪問(2) 半島の西部–志賀町・輪島市

能登半島地震被災地訪問(3) 輪島市中心部

 

能登半島地震被災地訪問(5) 珠洲市


能登半島地震被災地訪問(3) 輪島市中心部

輪島市中心部へ。

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

道の駅に隣接して設けられた仮設住宅。

バリアフリー構造になっています。

 

 

市内では、ドラッグストア、ガソリンスタンド、スーパーなどは平常通りの営業を行っております。

多数のパトカーがパトロールしていました。
全国各地から対口支援が入っており、たまたますれ違ったパトカーは、鹿児島県警のパトカーでした。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

多くの建物が傾いています。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

斜めに傾いた電柱。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

倒壊した建物の比率は、七尾市中心部より多く感じます。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

ぺちゃんこに倒壊し、ガレキが道路にまではみ出ていますが、撤去されずにそのままになっています。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

輪島塗の五島屋本社ビル。

1973年築、7階建て、RC造。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

基礎部分がすっぽ抜けるような形で倒壊しています。

基礎の鉄筋類が見当たりません。

 

建築工学的にはこのような倒れ方は考えられないようで、まだ倒壊のメカニズムについて調査研究中のようです。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

大規模な火災が発生した朝市地区へ。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

まだ少し焦げ臭さが漂います。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

不思議なことに、電柱と電線は残ってます。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

自動販売機が横倒しになっています。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

空き地は雑草が繁茂していました。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

空調設備の室外機。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

ガレキは雨ざらしのため、赤錆だらけになっています。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

なんともショッキングな光景が一面に広がっていました。

 

重機が入ってガレキ撤去作業をしている建物が一箇所だけありましたが、ガレキはほとんど手つかずでそのままになっています。

 

復興支援のために、輪島塗のお椀でも買って帰ろうかと考えていたのですが、開いているお土産屋は一軒もありませんでした。

 

(続く)

能登半島地震被災地訪問(1) 七尾市・和倉温泉

能登半島地震被災地訪問(2) 半島の西部–志賀町・輪島市

 

能登半島地震被災地訪問(4) 多数の飼い猫が行方不明に

能登半島地震被災地訪問(5) 珠洲市


能登半島地震被災地訪問(2) 半島の西部–志賀町・輪島市

能登半島の西岸の海沿いを、羽咋市 → 志賀町 → 輪島市と北上しました。

 

202405 能登半島地震被災地

観光名所である巌門

かつては波の侵食によって岩がくり抜かれ、門のようになっていたようですが、すっかり崩れて埋まってしまいました。

ここを訪れる観光客を目当てにした土産物屋や飲食店があり、遊覧船も運航されていたようです。

 

 

202405 能登半島地震被災地

巌門の近くの道路。

ひび割れた箇所に赤いスプレーで印がつけてあります。

 

 

202405 能登半島地震被災地

幹線道路沿いの土砂崩れ箇所の工事現場。

このような工事は、あちこちで見かけました。

 

 

202405 能登半島地震被災地

能登半島全域に渡り、黒光りした重厚な瓦屋根を用いた家屋がたくさんありました。

やはり重いものと思います。

地震には弱いでしょうね。

 

瓦屋根の一部が壊れ、ブルーシートをかぶせて応急措置を施している家屋は、無数にありました。

 

202405 能登半島地震被災地

ちょっとした観光名所のトトロ岩

かつては、写真右側にも耳のような部分がついており、左右対称で、トトロのような形だったそうですが、崩れました。

 

 

202405 能登半島地震被災地

海沿いの幹線道路。

道路に段差ができたり割れたりした箇所は、簡易舗装によって応急措置が施されています。

あくまでも簡易な措置であり、ついうっかりスピードを出したまま乗りかかってしまうと、衝撃で突き上げられてしまうことになります。

 

 

202405 能登半島地震被災地

地盤隆起により、テトラポットの内側の浜辺が干上がっています。

テトラポットの白色の下半分は、かつては海水面下にあったものと思います。

 

 

202405 能登半島地震被災地

黒島漁港

小さな漁港です。

地盤隆起により、堤防の内側の港がすっかり干上がってしまいました。

もはや港としては使い物になりません。

 

 

202405 能登半島地震被災地

黒島地区

かつては、天領として、北前船の海運業で栄えた集落です。

伝統的な家屋が保存されています。

黒光りする重厚な瓦屋根、横板の壁面が特徴です。

 

 

202405 能登半島地震被災地

かなりの数の家屋が倒壊し、倒壊したままになっています。

 

 

202405 能登半島地震被災地

倒壊していない家屋も、傾いたり、何らかの被害を受けたところが多いようです。

 

 

202405 能登半島地震被災地

集落の鎮守の杜である、黒島 若宮八幡神社。

鳥居が倒壊しています。

 

 

202405 能登半島地震被災地

江戸時代の古い町並みが保存されており、集落内にはクルマが通れないような細い路地が縦横に走っていますが、この写真のように通れなくなっている箇所も多数あります。

 

202405 能登半島地震被災地

鹿磯(かいそ)漁港

ここは規模の大きな漁港です。

ここは最大で4m地盤隆起しました。

 

 

202405 能登半島地震被災地

漁船が港内に転覆したまま放置されています。

 

 

202405 能登半島地震被災地

干上がってはいませんが、地盤が露出しており、港として使用できる状態ではありません。

 

黒島漁港と鹿磯漁港は、3月に、天皇皇后両陛下が行幸啓されお見舞い賜りました。

 

続いて海沿いの道を北上しようとしましたが、まだ一般車通行止め(災害支援関係者、居住者のみ通行可)の箇所が多く、内陸の道路を通って輪島市中心部へ向かいます。

(続く)

能登半島地震被災地訪問(1) 七尾市・和倉温泉

 

能登半島地震被災地訪問(3) 輪島市中心部

能登半島地震被災地訪問(4) 多数の飼い猫が行方不明に

能登半島地震被災地訪問(5) 珠洲市