Interop2024見に行ってきました

Interop Tokyo 2024を、幕張メッセまで見に行ってきました。

 

ちょっと久しぶりで、10年ぶりくらいでしょうか。

私が新卒で就職した1997年当時から存在するイベントで、IT関連業界のプロダクト・ソリューションの大規模カンファレンスです。

 

202406 Interop Tokyo 2024

私はエンジニアではないので、個々のプロダクト・ソリューションの具体的な内容や活用事例の中身は、正直、見聞きしてもあまりよく理解できません。

今はほぼ県議会議員の仕事が専業(みたいなもの)なので、この種のプロダクト・ソリューションの導入にあたり選定・意思決定する立場でもありません。

 

 

しかしながら、このイベントは、出展しているプロダクト・ソリューションのトレンドを長期的に追っていくことによって、大まかな業界の流れが見えてきます。

つまり、手っ取り早く、世の中の流れを把握し、将来を予測するためには便利です。

ということで、今でも5年毎くらいに訪れるようにしています。

 

 

202406 Interop Tokyo 2024

会場の幕張メッセへ。

 

 

202406 Interop Tokyo 2024

出展企業のカテゴリ比率を見るだけでも、業界の流れが分かります。

 

 

昔は、コンシューマ向けや、スモールビジネス向けのプロダクトもけっこう出展していました。

今は、ほぼエンタープライズ向けプロダクト・ソリューションしかありません。

 

 

ところで、今回のInterop 2024の副題は、↑ 冒頭の写真の背景にある通り、

AI社会とインターネット

なんですよ。

 

取り敢えず、AIが流行ってますからね。

 

しかしながら、出展プロダクト・ソリューションの中から、圧倒的に大多数を占めていたのは、

・セキュリティ
・運用
・ネットワーク管理・監視

でした。

 

リモートワークが普及し定着した結果、新たな課題がでてきた、といったところでしょうか。

 

 

202406 Interop Tokyo 2024

派手さはなく、あまり目立ちませんが、この領域が今は市場の中心であり、圧倒的にユーザ企業に求められているわけですね。

 

202406 Interop Tokyo 2024

AI社会と関連は、みんなが期待するような最先端のものは、まったく無し。

・画像処理(画像による人流分析・在庫管理などを含む)
・テキスト処理

といった、言わば初期の原始的なAIがほとんどでした。

 

あとは、ごくわずかに、

・生成AI導入支援

これは、要するに単なるコンサルビジネスですね。
汎用的なプロダクトを作り上げるまでに昇華していない、といったところです。

 

他に、初期の原始的なAIとも言える、

・RPA

については、若干出展していましたが、

・bot系

の出展はありませんでした。

 

 

意外なことに、

・ERP関連
・SFA関連
・ビジネスコミュニケーション・コラボレーション

についての出展は皆無でした。

 

202406 Interop Tokyo 2024

他に出展が多かったのは、

・サイネージ

ですね。

 

この領域は、3次元化、カスタマイズド化が、否応なしにこれから進んでいくわけですが、そこまでのプロダクト・ソリューションは展示されていませんでした。

 

 

他に、複数社が出展していることに驚いたのが、

・オフショア開発受託

でした。

 

JPYがますます弱くなりつつある今、オフショア開発なんか受注側・発注側双方メリットがあるのだろうか?

さすがに、チャイナ(大陸中国)の出展はなく、ほとんどがベトナムでしたが、1社だけミャンマーも出展していました。


能登半島地震被災地訪問(5) 珠洲市

珠洲市内へ。

 

珠洲といえば、ミドル距離の珠洲トライアスロンに2回出たことがあります。

ランのエイドに置いてあるスイカが甘くて絶品でした。

暑かったけど、楽しい大会でした。
レースそのものよりも、フィニッシュ後に眠気と戦いながらクルマを延々と運転して帰るのが何より辛かったことが思い出されます。

 

 

202405 能登半島地震被災地 珠洲

傾き、あさっての方向を向いたままの信号機。

 

 

202405 能登半島地震被災地 珠洲

市内の建物倒壊率は、七尾市や輪島市よりも高いように感じました。

 

 

202405 能登半島地震被災地 珠洲

この街も、ぎりぎりクルマが通れる程度の幅を残して道路上からガレキを除けただけで、ガレキ撤去作業はほとんど進んでいません。

 

 

202405 能登半島地震被災地 珠洲

古い家屋が多く、ほとんどすべての家が多かれ少なかれ被災しているように見えます。

 

 

半島内の各市中心部を回りましたが、どこも復興どころか、ガレキの撤去作業がほとんど進んでいません。

重機やダンプカーなどの姿すら見かけませんので、作業が進んでいる様子もありません。

 

 

202405 能登半島地震被災地 珠洲

30cmほども隆起したマンホール。

 

 

202405 能登半島地震被災地 見附島(軍艦島)

見附島(軍艦島)。

珠洲トライアスロンのラン折り返し地点がここでした。

もはや軍艦のような威容ではなくなり、ただの島になってしまいました。

 

 

(能登半島地震被災地の写真レポートは、このエントリで終わり)

あらためて、被災した方々には心よりお見舞い申し上げます。

能登半島地震被災地訪問(1) 七尾市・和倉温泉

能登半島地震被災地訪問(2) 半島の西部–志賀町・輪島市

能登半島地震被災地訪問(3) 輪島市中心部

能登半島地震被災地訪問(4) 多数の飼い猫が行方不明に


能登半島地震被災地訪問(4) 多数の飼い猫が行方不明に

輪島市中心部では、地震・火災の際に逃げ出してしまい、そのまま行方が分からなくなった飼い猫を探す貼り紙が多数掲示してありました。

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

 

災害時に犬猫は行方不明になりやすいのです。

どこかで捕獲・保護されたとしても、誰が飼い主か分からなければ、飼い主の元に戻せないこともあります。

室内で飼っていた犬猫ならば、首輪をしていないことも多いでしょう。

 

 

このような際に、飼い主を探すのに有用なのが、犬猫のマイクロチップ情報登録です。

動物愛護管理法により、ペットショップ・ブリーダーにより新規に販売される犬猫へのマイクロチップ装着は2023年に義務化されております。

しかしながら、義務化される前に販売された犬猫や、個人間で譲渡された犬猫は、マイクロチップ装着していない犬猫も多数おります。

 

 

犬猫をお飼いの皆様で、マイクロチップ装着をしていない方々には、災害対策として、是非とも速やかにマイクロチップ装着なさることをお勧め致します。

本年、県議会 令和6年(2024年)2月定例会の予算特別委員会でも、県による犬猫マイクロチップ装着の啓発活動強化を訴えたところです。

 

(続く)

能登半島地震被災地訪問(1) 七尾市・和倉温泉

能登半島地震被災地訪問(2) 半島の西部–志賀町・輪島市

能登半島地震被災地訪問(3) 輪島市中心部

 

能登半島地震被災地訪問(5) 珠洲市


能登半島地震被災地訪問(3) 輪島市中心部

輪島市中心部へ。

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

道の駅に隣接して設けられた仮設住宅。

バリアフリー構造になっています。

 

 

市内では、ドラッグストア、ガソリンスタンド、スーパーなどは平常通りの営業を行っております。

多数のパトカーがパトロールしていました。
全国各地から対口支援が入っており、たまたますれ違ったパトカーは、鹿児島県警のパトカーでした。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

多くの建物が傾いています。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

斜めに傾いた電柱。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

倒壊した建物の比率は、七尾市中心部より多く感じます。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

ぺちゃんこに倒壊し、ガレキが道路にまではみ出ていますが、撤去されずにそのままになっています。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

輪島塗の五島屋本社ビル。

1973年築、7階建て、RC造。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

基礎部分がすっぽ抜けるような形で倒壊しています。

基礎の鉄筋類が見当たりません。

 

建築工学的にはこのような倒れ方は考えられないようで、まだ倒壊のメカニズムについて調査研究中のようです。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

大規模な火災が発生した朝市地区へ。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

まだ少し焦げ臭さが漂います。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

不思議なことに、電柱と電線は残ってます。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

自動販売機が横倒しになっています。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

空き地は雑草が繁茂していました。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

空調設備の室外機。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

ガレキは雨ざらしのため、赤錆だらけになっています。

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

 

 

202405 能登半島地震被災地 輪島

なんともショッキングな光景が一面に広がっていました。

 

重機が入ってガレキ撤去作業をしている建物が一箇所だけありましたが、ガレキはほとんど手つかずでそのままになっています。

 

復興支援のために、輪島塗のお椀でも買って帰ろうかと考えていたのですが、開いているお土産屋は一軒もありませんでした。

 

(続く)

能登半島地震被災地訪問(1) 七尾市・和倉温泉

能登半島地震被災地訪問(2) 半島の西部–志賀町・輪島市

 

能登半島地震被災地訪問(4) 多数の飼い猫が行方不明に

能登半島地震被災地訪問(5) 珠洲市


能登半島地震被災地訪問(2) 半島の西部–志賀町・輪島市

能登半島の西岸の海沿いを、羽咋市 → 志賀町 → 輪島市と北上しました。

 

202405 能登半島地震被災地

観光名所である巌門

かつては波の侵食によって岩がくり抜かれ、門のようになっていたようですが、すっかり崩れて埋まってしまいました。

ここを訪れる観光客を目当てにした土産物屋や飲食店があり、遊覧船も運航されていたようです。

 

 

202405 能登半島地震被災地

巌門の近くの道路。

ひび割れた箇所に赤いスプレーで印がつけてあります。

 

 

202405 能登半島地震被災地

幹線道路沿いの土砂崩れ箇所の工事現場。

このような工事は、あちこちで見かけました。

 

 

202405 能登半島地震被災地

能登半島全域に渡り、黒光りした重厚な瓦屋根を用いた家屋がたくさんありました。

やはり重いものと思います。

地震には弱いでしょうね。

 

瓦屋根の一部が壊れ、ブルーシートをかぶせて応急措置を施している家屋は、無数にありました。

 

202405 能登半島地震被災地

ちょっとした観光名所のトトロ岩

かつては、写真右側にも耳のような部分がついており、左右対称で、トトロのような形だったそうですが、崩れました。

 

 

202405 能登半島地震被災地

海沿いの幹線道路。

道路に段差ができたり割れたりした箇所は、簡易舗装によって応急措置が施されています。

あくまでも簡易な措置であり、ついうっかりスピードを出したまま乗りかかってしまうと、衝撃で突き上げられてしまうことになります。

 

 

202405 能登半島地震被災地

地盤隆起により、テトラポットの内側の浜辺が干上がっています。

テトラポットの白色の下半分は、かつては海水面下にあったものと思います。

 

 

202405 能登半島地震被災地

黒島漁港

小さな漁港です。

地盤隆起により、堤防の内側の港がすっかり干上がってしまいました。

もはや港としては使い物になりません。

 

 

202405 能登半島地震被災地

黒島地区

かつては、天領として、北前船の海運業で栄えた集落です。

伝統的な家屋が保存されています。

黒光りする重厚な瓦屋根、横板の壁面が特徴です。

 

 

202405 能登半島地震被災地

かなりの数の家屋が倒壊し、倒壊したままになっています。

 

 

202405 能登半島地震被災地

倒壊していない家屋も、傾いたり、何らかの被害を受けたところが多いようです。

 

 

202405 能登半島地震被災地

集落の鎮守の杜である、黒島 若宮八幡神社。

鳥居が倒壊しています。

 

 

202405 能登半島地震被災地

江戸時代の古い町並みが保存されており、集落内にはクルマが通れないような細い路地が縦横に走っていますが、この写真のように通れなくなっている箇所も多数あります。

 

202405 能登半島地震被災地

鹿磯(かいそ)漁港

ここは規模の大きな漁港です。

ここは最大で4m地盤隆起しました。

 

 

202405 能登半島地震被災地

漁船が港内に転覆したまま放置されています。

 

 

202405 能登半島地震被災地

干上がってはいませんが、地盤が露出しており、港として使用できる状態ではありません。

 

黒島漁港と鹿磯漁港は、3月に、天皇皇后両陛下が行幸啓されお見舞い賜りました。

 

続いて海沿いの道を北上しようとしましたが、まだ一般車通行止め(災害支援関係者、居住者のみ通行可)の箇所が多く、内陸の道路を通って輪島市中心部へ向かいます。

(続く)

能登半島地震被災地訪問(1) 七尾市・和倉温泉

 

能登半島地震被災地訪問(3) 輪島市中心部

能登半島地震被災地訪問(4) 多数の飼い猫が行方不明に

能登半島地震被災地訪問(5) 珠洲市


能登半島地震被災地訪問(1) 七尾市・和倉温泉

まず初めに、能登半島地震において被災された方々には、心よりお見舞い申し上げます。

 

 

先週、令和6年(2024年)5月29-31日、能登半島地震の被災地を一通り視察してきました。

幾つかのエントリに分けて写真レポートします。

 

 

七尾市中心部

関越道、上信越道、北陸道と、延々とクルマを運転して、七尾市へ。

 

七尾市は、埼玉県が対口支援を行っている自治体です。

対口支援とは、被災地の市町村ごとに、支援する側の自治体を、割り当てて決めてしまって、中央で管理するのではなく直接やり取りすることによって、双方にとって効率の良い支援体制を作っていこうという考え方です。

発災直後から、今日に至るまで、埼玉県・県内市町村の職員、埼玉県警の警察官が派遣されて支援を行っています。

 

市内では、さいたま市のワゴン車を見かけました。

 

 

コンビニ、ガソリンスタンドなどは普段通りの営業体制に既に戻っているようでした。

 

 

202405 能登半島地震被災地 七尾

能登半島全域が、市内中心地といえども過疎化が進んでいるエリアなので、そもそも地震とは関係なく空き家であり倒壊しかけた廃屋だったのか、地震によって破壊・倒壊したのか、判別しにくいです。

 

 

202405 能登半島地震被災地 七尾

入口がベニヤ板で塞がれている商店。

 

この店は、(公社)七尾市シルバー人材センターが経営しているショップだったようで、googleストリートビュを見ると、2023年9月の最新画像では、営業していたお店であることが分かります。

 

 

202405 能登半島地震被災地 七尾

その隣りのこの物件は、2023年9月時点の画像では、既に「売物件」の看板が掲示されていました。

震災の影響で廃業したわけではないようです。

タイル舗装の道路と、建物の土台の継ぎ目の部分が、ズレて割れてしまっています。

 

 

202405 能登半島地震被災地 七尾

板塀が傾いています。

 

 

202405 能登半島地震被災地 七尾

ぺちゃんこに倒壊した家屋。

クルマが下敷きになってしまっています。

ガレキは道路にはみ出ていますが、撤去されずにそのままになっています。
道路は、クルマが通れないように塞がれていますが、通行人は普通に通ることができます。

今後、大きな余震があれば、さらに崩れる可能性もあり、通行人にとっては危険な状態です。
しかしながら、能登半島全域に倒壊した建物は、依然として多数あり、ガレキの撤去がほとんど進んでいない中で、いちいち通行人の通行規制までやっていられない、といったところでしょう。

 

 

202405 能登半島地震被災地 七尾

民家の土塀が倒れていました。

 

 

和倉温泉

和倉温泉は、高級旅館中心の温泉街で、かなりきれいな街並みでした。

202405 能登半島地震被災地 和倉温泉

総湯。

この北陸地域の温泉街では、中心に「総湯」という名の公衆温泉浴場が設けられています。

タイル舗装の一部が剥がれていました。

平常通り営業していました。

 

 

202405 能登半島地震被災地 和倉温泉

高級旅館の加賀屋。

前面道路の一部が陥没しており、水たまりになっていました。

 

加賀屋に限らず、和倉温泉の高級旅館の建物は、一見すると何の被害もないようですが、全面的にダメージを受けたようで、今は平常通りの営業はしていません。

又聞きの情報ですが、食事の提供などは行わず、インフラ系・建設土木系の技士・作業員の滞在用宿舎として提供されている旅館もあるようです。

 

 

202405 能登半島地震被災地 和倉温泉

加賀屋の入口。

 

 

202405 能登半島地震被災地 和倉温泉

グレーチングがひん曲がっています。

地震によってかなり大きな力が加わったことが分かります。

 

 

202405 能登半島地震被災地 和倉温泉

加賀屋のメイン棟。

写真を拡大してみると、壁面に x字に亀裂が入っていることが分かります。

駆体全体に渡って、構造的な大きな力が加わっています。

 

 

202405 能登半島地震被災地 和倉温泉

対岸に見えるのは、能登島。

和倉温泉が面している海は、穏やかな内海であり、潮位差もそれほど大きくないようです。

堤防はまったく設けられておらず、海沿いの際に建物が建てられています。

 

こちらの北国新聞の記事によると、全面的に護岸が崩れているそうです。

建物の改修をするにしても建て替えるにしても、いずれにしても、まずは護岸の改修が先だ、といったところですが、護岸改修のメドは立っていないとのことです。

 

(続く)

能登半島地震被災地訪問(2) 半島の西部–志賀町・輪島市

能登半島地震被災地訪問(3) 輪島市中心部

能登半島地震被災地訪問(4) 多数の飼い猫が行方不明に

能登半島地震被災地訪問(5) 珠洲市


緑川 蕨市内に河川監視カメラが新設

緑川において、蕨市内の2階所で河川監視カメラが新設されています。

場所はこちら。

 

 

埼玉県 県土整備部の、さいたま県土整備事務所 管内の河川監視カメラの一覧です。

 

 

ページを開くと、最新の河川監視カメラ画像が閲覧できます。

当日0時00分から2分おきの画像が記録されているようです。それ以前の画像を遡ることは出来ないようです。

かなり解像度が荒い画像ですが、水面の高さは見られます。

夜間でもそれなりに明るく撮影出来るようです。

 

 

他の監視カメラ設置地点では、監視カメラによる画像データに加えて、cm単位の水位計を備え水位データまでも表示しているところもあります。

しかしながら、埼玉県 さいたま県土整備事務所に確認したところ、蕨市内の2地点に関しては、あくまでも簡易なものであり、画像データのみしか記録・掲載しないとのことでした。

 

 

その1 南町 桜並木末端部との合流地点近く

202405 緑川 河川監視カメラ

緑川と桜並木末端部との合流地点から、少し上流位置、右岸側に設置されています。

この写真は、下流側から上流に向けて撮影したもの。

 

この敷地は、緑川拡幅事業用地です。

 

202405 緑川 河川監視カメラ

太陽光発電設備を備えております。

「埼玉県 簡易型河川監視カメラ 太陽電池制御盤」と書いてあります。

 

202405 緑川 河川監視カメラ

上流側から下流に向けて撮影したもの。

緑川拡幅事業用地は、上記の以前の記事に記載した通り、耐水性舗装が施されています。

 

 

 

その2 塚越小 留守家庭児童指導室の横

202405 緑川 河川監視カメラ

緑川右岸の街路樹の中に設置されています。

下流側から上流に向けて撮影したもの。

左側の建物は、塚越小学校敷地内の、留守家庭児童指導室です。

「その1 南町」の河川監視カメラと同じように、ポール + 太陽光発電設備 + カメラですね。

 

202405 緑川 河川監視カメラ

よく見ると、緑川をまたいで、川の表面に向けて、何かの」機器が新たに設置されています。

 

202405 緑川 河川監視カメラ

拡大したところ。
川面に対して垂直に向けられています。

カメラでは無さそう。

水位を測定するセンサでしょうか。

 

202405 緑川 河川監視カメラ

このセンサの制御ボックス。

「機器名:水位計(危機管理型水位計)」と書いてあります。

 

上記webページ上には、あくまでも画像データしか掲載されておらず、水位データは表示されていません。

前述のように、管理者である埼玉県 さいたま県土整備事務所に確認しましたが、「あくまでも提供しているのは画像データのみであり、水位データは提供しない」とのことでした。

従って、何らかの実験的な機器か、平時においては稼働せず有事においてのみ稼働する機器ではないかと予想します。