八ッ場ダム予定地を見に行ってきた。

八ッ場(やんば)ダムは、民主党政権が「無駄だ」として中止し、その後、自民党政権になってから開発を再開した公共事業。

私は自民党所属なので、立場としては、ダム開発推進派に属していて、2011年8月(民主党政権時代)には、地元の県議の名代で八ッ場ダム建設推進全体協議会というイベントに出席したこともある。

しかし、実は何気に、どこに造っているのか、場所もよく知らかなったんだよね。
google mapで調べても、未だ完成していないダムなのでヒットしないし。(建設事務所とかはjヒットするけど、ダムそのものの場所ではないし、ダムによる水没エリアも分からない。)
「八ッ場」という地名も、どうやら行政上の地名ではなく、通り名らしいし。

一つのダムを造るというのとても大きな事業で、お金もかかるし、時間も構想段階から数えたら何十年もかかる。八ッ場ダムは、最初の構想が発表されたのは何と昭和24年だ。

そう言えば、大学時代、基礎工学類で構造工学を専攻していた友人が、「もしゼネコンに就職したら、僕の職業人生はダムを一つ造り始めて、造り終えるまでで終わることになるだろう。それはやりがいも大きいと思うけど、ちょっと味気ない気もする」と語っていたことを思い出す。結局そいつはJR西日本に就職したけどね。

 

ということで、ダムが水没する街を、水没する前に見て、さらに完成してから再び見る機会は一生の間にそうそうないと思われるので、八ッ場ダムの予定地を私費で見学してきた。

 

場所は、関越の渋川伊香保から国道145号を西に走り、川原湯温泉がある辺り。


川原湯温泉駅。
有人駅で、駅員さんが窓口でヒマそうにしていた。
以前は川原湯温泉の温泉街の玄関口として賑わっていたのだろうけど、後述のように温泉宿はほとんど移転してしまったので、わざわざ来るのは鉄ちゃんくらいなんだろう。
この区間の鉄道の営業は、あと3ヶ月。
10月1日からは、高台の新路線に切り替わるとのこと。
この駅の周辺も水没する。


湖面1号橋。
ほぇぇ高いな~、と思って、近くの看板を見ると、


標高583mの位置まで水が溜まるので、


この橋桁の、2つマーキングがあるうちの下の青いところまで水がくるらしい。


川原湯温泉の共同浴場。
既に閉鎖してある。


温泉街は、高台の別の位置に移転している。
若干、泉質が異なるようだ。


温泉街の廃墟。
以前は旅館があったものと思う。


ここは温泉の浴槽があったのかな。


高台に、新しい鉄道路線を敷き、新川原湯温泉駅を3ヶ月後の移転開業に向けて建設している。


写真右奥の橋が、上述の湖面1号橋。
この谷間は、すべて水没する。


真新しい道の駅に、ダムに関する展示物があった。
家屋の移転はもうほとんど完了しているそうだ。
「1,2軒だけ残して・・・」と係の人が語っていて、強硬な反対派の方が残っている雰囲気だった。
ダムそのものの供用開始は5年後の予定とのこと。


長野原草津口駅。
この駅で、水没する現路線と高台の新路線が合流するので、駅は昔からあるものなのだが、駅舎は建て直したようだ。

 

ダムは、これから、飲料水や水力発電として役に立ったり、洪水を防いで多くの人の生命や財産を救うことになるわけだけど、自分や自分の家族が、先祖代々住んでいた街が姿を消してしまうというのはどういう気持ちなんだろうな?
想像しようとしても、ちょっと想像できない。


【蕨市錦町】大日本印刷工場北側のガラガラ公園が廃止

蕨市錦町4丁目の、大日本印刷工場北側の、通称ガラガラ公園が、ただ今、撤去工事中です。


場所はここ。
錦町区画整理用の仮設住宅の西隣り。

 

錦町地区では、ただ今、錦町区画整理事業が進められています。
家屋移転を行うにあたって、一時的な仮住まいが必要です。
それが仮設住宅です。

戸田市に隣接する2区画の仮設住宅が、地主との契約期間満了を迎えたため、新たな仮設住宅をガラガラ公園を潰して作ることになりました。

公園を潰すのは残念な気も致しますが、他の代替地が確保できなかったためのやむを得ない措置です。

この地域には月極駐車場として使われている遊休土地が多々ありますが、この地域の多くの地主が一斉に世代交代の時期を迎えており、相続に備えて長期契約が必要な仮設住宅用地として貸すことに消極的である、という事情が背景にあります。


戦艦三笠を見に行ってきた。

先日、ふと思い立って、横須賀に戦艦三笠を見に行ってきました。
日露戦争における、帝国海軍連合艦隊の旗艦です。

何気に、行くの初めてです、そもそも、横須賀の街自体が、行くの初めてでした。(バイクで通り過ぎたり、山の中を走ったことはありますが)
JR横須賀駅、京急横須賀中央駅、どちらからも歩いて10分くらい。

かなり面白いものでしたので、おすすめします。
小学校とか中学校の遠足で行くと面白いんじゃないかな!


戦艦三笠と東郷平八郎司令官像。


後部甲板。
デッキは木製。


屋根の下のこの部分は、建造当時そのままのもの。
分厚くてしっかりしたチーク材。


通信室。
通信機器がシンプルなですね。
当時は電信(モールス信号)のみ?電話(音声)は無し?


煙突。
よく考えてみたら当たり前ですが、当時の燃料は石炭。
このあたりは、全てレプリカだと思います。


操舵輪と羅針儀。
これは、日露戦争当時のものだそうです。


艦橋。
艦隊司令長官、艦長、参謀が立っていた場所にパネルが打ってあります。


30cm主砲。
ハリボテのレプリカ。
すごくでかい。


東郷平八郎司令長官直筆の書。


東郷長官の手帳。
小さくて可愛らしい。鉛筆書き。


東郷長官の双眼鏡。
カールツァイス製。
目を当てるところが4つあるけど、何でだろう?
左右それぞれが単眼鏡としても使える仕様なのかな?


当時のカメラ。
幾つか残っている当時の写真は、すべてこのようないかついカメラで撮影されています。


測距儀(レプリカ)。
真ん中から覗く。左右それぞれの端にレンズが付いている。左右の視差角で距離を測定する、という仕組みらしい。1万mくらいまでしか測れないとのこと。


旅順港閉塞作戦への志願書。
ロシア艦隊が旅順港からなかなか出てこないので、夜陰に乗じてボロ船を港の入口に沈めようとしました。この作戦は、3回にわたって行われ、失敗に終わりました。
2千人の志願者の中から77人が選抜されました。


模型コーナーがありました。
時代を下って、大東亜戦争時代のものや、現代の海上自衛隊の艦船のものも展示されていました。
一番手前は、夜戦バカの軽巡川内。


二水戦の旗艦、コロンバンガラ島沖夜戦で武勲を上げた川内型軽巡神通。
探照灯を敵に当て続けて自ら囮となり、艦体が真っ二つに折れてメイン部が沈没した後も、前部主砲は完全に沈む瞬間まで砲撃を続けて奮戦しました。


球磨型軽巡北上。
奥が初期型。
手前が、重雷装艦に近代化改装後のハイパー北上さま。


金剛型高速戦艦榛名。
はい、榛名は大丈夫です!


DDH-181 護衛艦ひゅうが。
ヘリ空母です。


幕僚事務室。
クラシカルですね。


士官室。
調度品は豪華で、機能性よりも装飾性を重視しているかのような印象も受けます。


長官室。
広い個室です。


長官浴室。
専用のトイレ・風呂があります。
尚、艦長も専用の個室、浴室を持っています。


長官公室。
会議室として使った他、来客との交渉もこの部屋を使ったとのことです。


三笠公園の敷地内には、何と!D51型蒸気機関車型の災害用飲料水備蓄タンクがありました。
本物ではなくて、ハリボテです。


給水口。


湊には、海上自衛隊の潜水艦が止まっていました。
(艦名不明)


米国海軍ミサイル駆逐艦フィッツジェラルド。


DDG-171 はたかぜ型護衛艦はたかぜ


自民党蕨支部の監査mtgがございました。

私 保谷武(ほやたけし)は、自民党蕨支部の会計を務めております。

本日2014年7月9日(水)、2013会計年度(1~12月)の監査mtgがございました。

監査は、1時間弱ほどで無事に終了致しました。
関係者の皆様、お疲れ様でした。


LINEのアカウント乗っ取り体験

これは私が乗っ取られたのではなくて、私の友人が乗っ取られた事例。

web money 6万円分を買ってきて、と求めてくる。
6万円て、ちょっと高いな。
日本人の平均的な財布の中に入っているキャッシュが6万円強、ということなのだろうか。

いくら友人でも、「金貸して?」と言われて、何に使うかも聞かずにポンと貸してやる人なんているのかな?

リアルタイムにFBのタイムライン上で情報交換してたのだけど、乗っ取り犯は、同時に多数の「友だち」にwebmoney購入依頼メッセージを送りまくっていた。

日本語はおかしくないので、外国人の可能性があるかどうかは分からない。

最後は、元のアカウント所有者である友人が、LINE運営会社に通知してアカウント停止したので、会話が終了した。