令和6年(2024年)12月8日、浦和駅西口におきまして、埼玉県議会 拉致議連有志にて、北朝鮮による全ての拉致被害者の身柄の奪還に向けて、街頭署名活動を行いました。
救う会埼玉(北朝鮮に拉致された日本人を救出する埼玉の会)、大野知事、清水さいたま市長と共同で活動しました。
この日、蕨市内ではイベントが多数開催されておりましたが、間を縫って浦和に駆けつけました。
終了後、地元にとんぼ返りして、蕨市民合唱祭に出席しました。
関係者の皆様、お疲れ様でした。
令和6年(2024年)11月23日、永田町の砂防会館におきまして、全拉致被害者の即時一括帰国を求める国民大集会がございました。
埼玉県議会からは、拉致議連の多くの有志メンバが出席致しました。
石破茂総理など、すべての国政政党の代表者、多くの国会議員、地方政府の首長、議員が出席しました。
このようなイベントを開催することが、拉致問題に取り組む政府を後押しし、北朝鮮に対する圧力となります。
拉致被害者家族としてご挨拶する横田早紀江さん。
お嬢さんの横田めぐみさんは新潟の海岸から北朝鮮に拉致されました。
↑上記報道の通り、石破茂総理からは、「拉致問題を国家主権の問題として取り組む」旨の発言がありました。
従来、拉致問題は、人権問題という枠組みで捉えられる事が多かったのです。
例えば、拉致問題に関する我が国の法律は2つありますが、その一つは、正式名称が「拉致問題その他北朝鮮当局による人権侵害問題への対処に関する法律」であり、略して北朝鮮人権法と呼ばれます。
この法律によって定められた毎年12月10-16日の啓発週間は、「北朝鮮人権侵害問題啓発週間」と名付けられています。
人権問題であれば、加害者が被害者の人権を侵害した、という枠組みで解釈されることになります。
この場合、人権を侵害される被害者は、あくまでも個人とその家族、あるいは特定の集団ということになります。日本国という国家が被害者、という解釈が為されることはありません。
つまり、拉致問題を人権問題として捉える、ということは、「北朝鮮という加害者が、拉致被害者とその家族の人権を侵害した」という認識に基づいていることになります。
私は、このような「拉致問題を人権問題として捉える」枠組みにかねてより不満を持っていました。
2018年3月5日付の私のブログ記事では、
人権問題などと矮小化せず、国家安全保障のフレームワークで捉えるべき問題だと考えています。
我が国の国内において、我が国の国民が、外国政府の手によって誘拐・拉致され、強制的に使役され、あまつさえその事実を認めておきながら、「既に死んだ」などと強弁して未だにその身柄を返していません。
これは、当事者とその家族の人権を侵害しているだけではなく、我が国全体にとっての脅威です。
国家安全保障の問題であるならば、我が国政府・国会においては、国家の保有するあらゆるパワーを用いて、回復に尽くして欲しいと願います。
このように述べたところです。
このたびの石破茂総理の発言は、私の考えの通り、拉致問題を「北朝鮮によって我が国の主権が侵害されている問題」すなわち国家安全保障問題の枠組みとして捉える、という趣旨のものでした。
我が国の国家主権が侵害されて続けている以上、我が国政府は、外交的・経済的・軍事的手段すべてを用いて、国家主権を回復するべく努力を払うことになります。国家主権の問題は、政府にとっては最優先事項です。論理的帰結として、総理大臣は、あらゆる政策課題に優先してこのテーマに取り組んでいくことになります。
石破茂総理が、この発言の通りに行動していくか、今後を見守ってまいります。
石破茂首相は、拉致問題解決に向けて、日朝連絡事務所を相互に開設するなどして対話を進める考えを持っているとのことです。
古屋圭司衆議院議員・拉致議連(国会の議連)会長は、「時間稼ぎだけで全く解決の効果はない」と反対を表明しました。
私も、対話路線にはまったく意味がないと思います。
必要なのは、国際社会の連帯と協力を得た上での、徹底的な圧力であります。
国会に日朝議連というものがあります。
その考え方は、私には全く理解できないのですが、拉致問題をはじめ、核・弾道ミサイル開発問題などの様々な問題をすべて棚上げして、早期の日朝国交正常化を目指そう、というものです。
このような国益に反する主張をどのような経緯で持つに至ったのか、私にとっては謎でしかありません。その存在自体が謎ですし、極めて腹立たしく、不愉快です。
多数の自民党国会議員も含め、超党派の国会議員で構成されておりまして、会長は自民党議員が務めています。
国会の議連というのは、名簿が一切公開されていません。wikipediaによると石破茂総理も所属しているようですが、確認の取りようがないので、真偽は不明です。
日本保守党の百田尚樹代表からは、「日朝議連は解散すべきだ」という発言があり、会場のあちこちから拍手が挙がっていました。
蕨市にも2名の特定失踪者がいます。
日本国民が一丸となって、すべての拉致被害者を取り戻そう!
本日、令和6年(2024年)12月20日、埼玉県議会 12月定例会が閉会しました。
いや~ここしばらく、ほんとにいそがしかったですね~。
あまり忙しい自慢と、寝てない自慢はしたくないのですが、なんかもうほんとに忙しかったですw
10月に総選挙があり、並行して11月にかけて決算特別委員会の閉会中審査があり、さらにそれに並行して12月定例会の一般質問に向けての準備がありました。
盆と正月とクリスマスが同時にやってきたかのような忙しさでした。
年内にやらねばならない積み残し案件はまだまだありますが、今日で一段落です。
この活動報告ブログも、気がつくと1ヶ月間更新していませんでしたが、ゆるゆると過去に遡って更新していきます。
このブログは速報性は重視せず、詳しい解説、深堀りした分析を目指しております。
リアルタイムに更新していく速報版活動報告は、こちらのfacebookページをご覧ください。
12月2日に開会し、本日 20日に閉会しました。
令和6年度一般会計の補正予算案、令和5年度決算の認定などが可決されました。
知事提出議案は、38件を可決、2件を認定、14件に同意しました。
自民党県議団からは、
の2つを議員提案し、可決されました。
また、12月10日には、私は一般質問を行いました。
一般質問の詳しい内容については、別の記事にて解説致します。
前者の埼玉県拉致問題早期解決推進条例については、市・区の同種の条例は既にあるものの、都道府県のものとしては埼玉県が初となります。
自民党県議団の内部にプロジェクトチームを設け、1年間かけて準備を進めてきました。
私はプロジェクトチームの事務局メンバとして関わっておりましたので、まずは条例制定を喜びたいと思いますが、もちろんのこと、全ての北朝鮮による拉致被害者を救出し、このような条例が不要になる状態を目指していることは言うまでもありません。
閉会後、竹本博光代表をはじめとする救う会埼玉 (北朝鮮に拉致された日本人を救出する埼玉の会)の皆様と記念撮影を行いました。
埼玉県拉致条例についても、別の記事で解説致します。
定例会閉会後は、知事、副知事などの幹部が各会派を挨拶して回る慣習となっております。
このような慣習は、蕨市議会でもありました。
お疲れ様でした。
掲題の件、令和6年(2024年)10月5日(土)に蕨市民会館にて行われる予定です。
ご参加いただきますようお願い致します。
参加するためには、事前申し込みが必要です。
ふるさとの風は、政府 拉致問題対策本部が運営しています。
しおかぜは、特定失踪者問題調査会(民間団体)が運営しています。
ともに、未だに北朝鮮に囚われている、拉致被害者の方々に向けて、我が国のニュース、家族の近況を伝え、今すぐに助けに行くよ、と呼びかけるための短波ラジオ放送です。
北朝鮮に対して圧力をかける目的もあり、この点でも効果を発揮しており、北朝鮮からジャミングを流されたこともあります。
2012年9月に、特定失踪者問題調査会の現地調査に参加した折りの、しおかぜ公開収録の様子。
拉致被害者の田口八重子さんがかつて住んでいた池袋のアパート「メゾン青葉」前で。
お兄さんの飯塚繁雄さん(故人)が「必ず助けてあげるから、もう少し我慢しておくれ」と、ラジオ番組を通じて呼び掛けました。
自民党埼玉県議団では、すべての拉致被害者の身柄の奪還に向けて条例制定の準備を進めております。
その一環として、プロジェクトチームのメンバとともに、新潟県を訪問してきました。新潟県と柏崎市の拉致問題に対する取り組みのヒアリング内容については、別途まとめて解説しますが、この稿では、幾つか写真をレポートします。
まず新潟県庁へ。
県庁舎は、市内中心部から少し離れたところにあります。市役所と異なり、一般の県民が県庁に何らかの用事があって訪れる機会は皆無ではないかと思います。
鈴木正人議員(志木市)と、知事政策局 国際課 拉致問題調整室を訪問し、新潟県の取り組みについてヒアリングしました。
新潟県は、最も多くの拉致被害が発生した都道府県であり、解決に向けて専任部署を設けて力を入れて取り組んでいます。
県庁ロビーの幟旗。
県庁ロビーに、拉致問題解決に向けての署名台が設置されています。
県庁ロビーの写真パネル展示。
タクシーにて、横田めぐみさん拉致被害現場へ移動しました。
寄居中学校。
横田めぐみさんは、この中学校の生徒でした。
昭和52年(1977年)被害当日、バドミントン部の練習終了後、友人とともに3人で学校を出ました。
学校の敷地の角。
一人目の友達とここで別れました。
一人目の友達は、この交差点を右折していきました。
横田めぐみさんは、二人目の友達とともに、この交差点を直進(写真の奥の方へ)しました。
この交差点で、二人目の友達と別れました。
二人目の友達は、この交差点を左折していきました。
横田めぐみさんは、この交差点を直進しました(写真の奥の方向へ)。
人家がまばらなわけではなく、住宅が密集しています。
坂の多いエリアです。
真っ直ぐな道路の先には、海が見えてきました。
警察犬による捜査によると、この交差点で、横田めぐみさんの臭いが消えました。
つまり、この交差点でクルマに乗せられたことが推察できます。
上記写真と同じ位置。
道路の向かい側(写真の奥)は、今は新潟大学附属小学校が設置されています。
昭和52年の拉致被害当時は、新潟大学理学部のキャンパスがありました。
新潟護国神社の敷地には、新潟県警が設置した、目撃証言を求める看板が立っています。
横田めぐみさんは、この海岸から北朝鮮のボートに乗せられました。
港があるわけではないので、大きな船が接岸することは出来ません。
従って、沖合まで母船で来て、母船からは小さなボートを下ろして砂浜まで接岸したことが推定できます。
拉致被害当日、オートバイのエンジン音のような爆音が聞こえた、という証言も残っています。
尚、私は、12年前にもこの地を視察しております。
柏崎市へ。
同じ県内と言えども意外と遠く、新幹線を含めて2時間以上かかっての移動となりました。
拉致問題解決に向けて精力的に取り組んでいる、元柏崎市議の三井田孝欧氏にアテンドしていただきました。また、金子裕太議員(鴻巣市)が合流しました。
柏崎中央海岸(海水浴場)。
蓮池夫妻拉致被害現場です。
結婚前の蓮池カップルは、この海岸でイチャイチャしていた時に拉致されました。
昭和53年(1978年)拉致被害当時は、カップルにとっては格好のデートスポットだったそうです。
ここも砂浜海岸ですので、大きな母船が海岸に接岸することは出来ません。
尚、蓮池夫妻は2002年帰国を果たし、今は柏崎市内に住んでいます。蓮池薫さんは、新潟産業大学で朝鮮語・朝鮮史を教えています。
柏崎市 荒浜海岸に移動し、山本美保さん(特定失踪者)の遺留品発見現場を視察。
柏崎市在住で、特定失踪者問題調査会の活動をしている植松氏と合流し、説明を受けました。
荒浜は小さな集落です。
昭和59年(1984年)、山梨県在住で、山梨県内で姿を消した山本美保さんのハンドバッグが、この海岸で発見されました。
この海岸で拉致されたものか、捜査の撹乱のために敢えて置かれたものか、真相は分かっていません。
2004年、「1984年に山形県の海岸で発見された水死体が山本美保さん本人であった」と、山梨県警は発表しています。
しかしながら、山梨県警のDNA鑑定捜査、死体の損壊状況の発表、海流の流れの説明については合理的ではない部分もあります。
ご家族、特定失踪者問題調査会は、山梨県警の捜査に不信感を抱いております。
柏崎市議会に移動し、柄澤議長、眞貝議員と情報交換をしました。
北朝鮮による拉致被害者すべての身柄の奪還に向けて、引き続き活動して参ります。
蕨市にも2名の特定失踪者(北朝鮮による拉致の可能性を排除できない失踪者)がいます。決して他人事ではありません。
県議会では、日台友好議員連盟に所属しております。
議連にて、日台交流サミット in 仙台に参加してきました。
日台双方の、地方議員の交流の場となっています。
日台間には、国交が開かれていないため、行政府レベルでの公式チャネルが存在しないため、議員レベル・民間レベルでの交流が重みをもっております。
地方議員といえども、このような形で交流を積み重ねることが、我が国の安全保障にとっても重要です。
台湾は、自由、民主政治、法の支配、人権の尊重という、我が国と共通の価値観をもつ「国」です。
1年前のエントリで述べたように、台湾有事への備えは、地方レベルでも必要だと思いますね。
謝長廷 駐日大使のご挨拶。
仙台宣言が決議されました。
この決議のポイントは、
・(米国の国内法である)台湾関係法(Taiwan Relations Act)に相当する国内法の制定
・国際機関の枠組みへの台湾の加盟
・TPPへの台湾の加盟
を促進するべく、我が国政府に求める、というものです。
台湾関係法については、我が国では、言論レベルでは制定を求める意見が上がることはありますが、私の理解では、国会での議論になったことは未だかつて無いはずです。
この国内法を制定するということは、すなわち、台湾有事に対して、我が国が(明確に、ではなく、曖昧に)コミットメントすることを(一方的に)宣言する、ということになります。
このイベントの中の小野寺五典 元防衛大臣のスピーチの中で
「台湾有事は、我が国の有事でもある」
という発言がありましたように、気運は少しずつ醸成されつつありますが、まだまだ道のりは長いですね。
議連メンバ等とともに、謝長廷 駐日大使と記念撮影をさせていただきました。
歴史上の人物にお目にかかれてとても光栄に存じます。
次回のこの回は、台南市で開かれるとのことで、台南市議会議員が大勢訪れていました。仙台市とは姉妹都市提携をしているそうです。
台南市議会は、今まさに会期中で、しかも予算審議を行っている最中だとのこと(笑)
会計年度が、1月~12月なので、今ころ予算審議を行うわけですね。
台南は、最後に訪れたのは2016年。大地震によるビル倒壊現場を私費視察に行きました。
蕨市議会の、この12月定例会に、以下のリンク先のような陳情が出されております。
陳情の詳細情報
陳情第5号 日本政府に「核兵器禁止条約」の署名・批准を求める議会決議意見書採択に関する陳情 【陳情趣旨】 …
陳情団体は、県内の原爆被爆者団体です。
内容は、核兵器禁止条約の署名・批准を求める意見書を国に対して出してほしい、というものです。
この種の陳情に限らず、あらゆる議案は、
(1)テーマごとに割り振られた委員会で話し合う、結論を出す
(2)本会議で、委員会の結論を追認するかどうか話し合う、結論を出す
という2段階を経ることになります。
昨日、令和3年(2021年)12月1日に(1)に相当する総務委員会が開かれたところです。
蕨市議会(定数:18)の総務委員会の現メンバは、6人おり、会派構成は、
令政クラブ(自民系):2
公明党:1
日本共産党:1
日本維新の会・無所属連合(いわゆる、見なし会派):1
リベラル系無所属:1
となっています。
このうち、委員長は採決に加わることが出来ず、今は令政クラブから出しております。
昨日の結論は、反対は、令政クラブ:1、公明党:1の計 2名のみであったため、賛成多数ということで、賛成という結論になりました。
これは、蕨市議会全体では、保守系・国政与党系比率が過半数を占めているものの、総務委員会の構成メンバはリベラル系・国政野党系比率が高いために、このような結論に至ったものです。
(国政与党とは、自公を指しますが、蕨市議会においては、市長は共産党であるため、自公は野党になります。)
令和3年(2021年)12月16日に話し合われることになりますが、総務委員会での結論をひっくり返して、反対という結論に至る見込みです。
私の、戦略核兵器+その運搬手段と核戦略論に関する歴史観は、5年前のエントリで述べた通りで、今日においても変更はありません。
戦略核兵器(戦術核兵器を含まず、戦略核兵器のみ)が、国際法に違反し、残虐で極悪非道なものであることは同意しますが、そうであるがゆえに、戦略的な価値があります。
戦略核兵器+その運搬手段と核戦略論があるからこそ、世界の安定が維持され、大国間の戦争が起こらず、平和が保たれているのです。
この構図は、冷戦期から米中対立・覇権移行期の今日に至るも変化はありません。
今の時点で、特に米中が核廃絶をした場合は、米中対立が戦争にエスカレーションする可能性が極めて高いものと考えます。
戦略兵器を廃棄することではなく、戦略兵器を持ち続けて安定を維持することこそが、戦争を防ぐ唯一の方法です。
従って、我が国が核兵器禁止条約に参加することは、戦争が起こる可能性を高めることに他ならないものと考えますので、反対します。
戦略核兵器+その運搬手段、核戦略論に変わる、次の世代の戦略兵器と戦略理論が出現すれば、世界中の戦略核兵器は一瞬のうちに効力がゼロになります。この保有コストが極めて高い兵器を維持し続ける理由がなくなりますので、瞬時に核廃絶(戦略核の廃棄)が達成されることになります。
但し、個人的な予想ですが、そのような状況になった場合も、当面は戦術核は維持されるのではないかと思います。