你的名字。

今更ですが、先日、アニメーション映画の『君の名は。』を初めて見ました。
何故か四川航空の機内で、マンダリンと英語の字幕付きでw

率直に言って、けっこうかなりおもしろかったです。

全般的に、オタク的というか、厨二的な感じの印象でした。

幾つか以前に見たことがある、他の新海誠作品と同様に、登場人物に対して感情移入も共感も出来ないながらも、それなりにおもしろいと感じられたのは、私が胸の中に永遠の厨二心を飼い慣らしているからに他ならないのですが、

それよりも何よりも、
これほど厨二的な、一見するととてもとても一般受けしそうもないニッチマーケット狙いとしか思えないような作品が、日本国内のみならず、海外においても好評を博しているのが不思議でなりません。マーケティング領域で仕事をしてきた人間としては、恥を忍んで申し上げますが、正直、よく理解できないところです。


天津風艦長の本読みました。


森田友幸, 2004, 『25歳の艦長海戦記―駆逐艦「天津風」かく戦えり』 , 光人社

 

さて、みんなが大好きな艦これにおいて、来月のアプデで駆逐艦天津風が実装されるらしいので、どんな艦なのか調べているうちに、この本にたどりついた。

 

陽炎型駆逐艦9番艦天津風は、後に駆逐艦島風に採用される高温高圧ボイラーを試験的に搭載していた。天津風の最大速力は35ノット、島風は40ノット。この高温高圧ボイラーは、商船改造空母飛鷹、隼鷹にも搭載された。

 

島風、飛鷹、隼鷹と陽炎型駆逐艦雪風、不知火で艦隊を組んでみました。 (何故かついうっかり軽巡川内も入ってしまった。)
zekamashi(c)DMM.com
(c)DMM.com

 

本書は、天津風の最後の艦長である森田友幸大尉の手記である。

 

当時、駆逐艦艦長としては25歳という年齢は、帝国海軍の中でも最年少だったようだ。今の海上自衛隊で、最早で25歳でどこまで出世できるかどうか分からないが(期間1年間の幹部候補生学校を卒業するのが23歳として、その時点で三尉)、護衛艦の艦長は二佐以上のはずなので、25歳で艦長は無理だと思う。

 

森田艦長がシンガポールにて艦長を拝命したときは、天津風は艦首を破断して、応急艦首をつけたのみの状態で、内地に回航して本修理をせざるを得ない状況だった。

 

天津風は、油などの様々な物資を、シーレーンを通って内地に運ぶ商船コンボイの護衛としてヒ88J船団に、駆逐艦、海防艦数隻とともに編入される。

 

天津風が速いと言っても、コンボイは荷物満載の商船のスピードに合わせて10ノットくらいで進む。シンガポールを出発したヒ88J船団は、米国の航空部隊と潜水艦の攻撃を受けて商船が全滅して失敗。 次いで天津風は、香港にて同じように組織された商船コンボイ、ホモ03船団に編入されるが、これも同じように米国に攻撃されて商船は全滅。天津風は敢闘して沈没は免れたものの、修理不可能なダメージを受けて、厦門にて自沈処分することとなった。

 

本書は、戦後数十年を経てから認められたもので、それだけに、かなり艦長の個人的考えが率直に書いてある。

 

 

戦略レベルで、大艦巨砲主義、艦隊決戦主義に固執した失敗

既に言い尽くされたことではあるが、マレー沖海戦において史上初めて航空戦力のみで当時最新鋭の戦艦プリンス・オブ・ウェールズとレパルスを含む英国東洋艦隊を撃破し、大艦巨砲主義に終焉を告げさせしめたにもかかわらず、時代遅れの大艦巨砲主義、艦隊決戦主義に固執してしまった帝国海軍上層部を批判している。

 

個人的な考えだけど、 艦隊決戦にはロマンがあり、航空戦は飛び道具を使った、あくまでも補助的なものであり、どちらかと言えば邪道、という考え方があったのではないかと思う。

 

これは、日本人のメンタリティに照らし合わせると、何となく理解できる。

 

織田信長が長篠の戦で我が国史上初めて鉄砲を使った戦いを行い成功をおさめたが、後に続いて鉄砲兵力の増強に努める武将が出てこなかったのは何故なのか?

 

やはり、鉄砲を使った戦いは、あくまでも補助的なものであり、どちらかと言えば邪道、という考え方が支配的だったからだと思う。

 

一対一の騎馬戦の方がかっこ良くてロマンがあるし。 戦国時代の各武将は、長篠の戦の情報を集めて正確に分析し、鉄砲を使う戦い方が効果が高いと理解しつつも、ロマンを求めて己の美意識に酔いがちで、従来の戦い方を捨てることは出来なかった。

 

大東亜戦争における帝国海軍上層部も、航空戦、潜水艦戦が効果が高いと理解しつつも、従来の戦い方を捨てることは出来なかった。

 

戦術レベルでも、対航空機戦、対潜水艦戦への備えをまったくしていなかったことの失敗

トップや幹部連中が愚かでも、バカげた命令指図をてきとうにこなしつつ、現場レベルで創意工夫していつの間にか改善改良を加えていくのが、日本の組織の優れたところ。

 

大東亜戦争当時も、帝国海軍の現場レベルでは、対航空機戦、対潜水艦戦の備えをしないことには、一方的にやられるばかりで話にならないことは分かっていた。

 

ヒ88J船団、ホモ03船団が組織された当時、シーレーンの制空権は既に敵方に握られており、敵方の潜水艦もうようよしていた。 しかし、天津風を含む帝国海軍の護衛艦隊は、航空機に対しては、レーダーを積んでおらずに目視のみ(レーダーは1930年代に実用化されている)、武器はまともな高射砲はなく機銃中心、沿岸の基地からの航空機による空対空の支援もほとんど期待できず、高高度爆撃に対しては為す術無し、という状況だった。著者は、魚雷を空に向かって発射できたらいいのになーと思った、と書いている。潜水艦に対しては、ソナーは無く(ソナーも当時は既に実用化されている)、敵方の潜水艦がほんの一瞬浮上して潜望鏡が海面に浮かぶのを目視で探すことだけしかできなかった。武器としては爆雷は持っていたが、勘で投げるだけ、みたいな感じだったようだ。

 

対航空機戦、対潜水艦戦ともに、道具がなければ訓練もしておらず、これでは相手にならない。 どんなに現場が優秀でモチベーションが高くても、そもそも道具がなければダメだ。 著者は、ヒ88J船団もホモ03船団も、失敗するべくして失敗したと、作戦を立てた上層部を批判している。

 

古い考えに固執してしまった原因

私見だけど、 当時の帝国海軍のように、状況の変化を正確に理解しつつ、間違っていると分かっていながらロマンを求めて時代遅れの古い考えに固執してしまう失敗は、我が国の様々な組織で日常的に起こっているし、今後もなくならない、と思う。

 

国民性とか民族性みたいなものに根ざすものは、100年、200年単位では変わらない。

 

どうすればいいか?

 

(これは国民性、民族性とは関係ないが、)人は、年を取ると、新しいものを理解出来なくなってしまう。

 

これは、知性とかその人の努力が足りてる/足りてないとは関係ない。

 

そもそも、年を取ると、誰でも、新しいものを理解出来なくなる。 世の中の大きなトレンドが変化しているという事実を感じ取ることは出来るし、新しいテクノロジと、それを背景にした新しい思想、方法論が生まれている、ということまでは理解出来る。しかし、その中身を理解することは出来ないし、ましてや、それを使いこなすことは出来ない。

 

例えば、私は、ネット業界のマーケティングと事業開発が本業なので、一通り業界トレンドはおさえるようにしているけど、実は未だにソシャゲのどこが面白いのかよく分からないんだよね。たぶんこれからも理解できることは無いと思う。 90年代末に勃興したネット業界は、私の世代がほぼ最高齢くらいで、今、中心的に活躍している世代は私よりはるかに年下の世代なので、やっぱりライフスタイルも考え方も全然違う。 ガンホーのパズドラのどこが面白いのかさっぱり分からない。 サイバーエージェントのガールフレンド(仮)はかろうじて面白さが理解出来るけど、あれはソシャゲというよりもギャルゲーの範疇で捉えるべきものだと思っている。

 

既得権が存在しないネット業界であれば、年功序列要素は皆無で、リーチとかユーザ数とか売上高とかの数字が全てである。お金だけではなく、世の中にどれだけインパクトを与えたか、人々の暮らしを変えたか、ということも高く評価される(例えば、twitterなんか未だに赤字だけど、社会を良い方向に変革したサービスだとしてとても高く評価されている)。これらはすべて定量的に評価できる。

 

新世代が数字の結果を上げていれば、自ずと結果を出せない旧世代は舞台から退場していくことになる。

 

しかし、定量的なKPIを持っていない領域であれば、ましてや年功序列要素がある領域であれば、世代交代は起こりにくい。特に官僚組織はこのようになりがち。

 

知恵は蓄積していくし、年を取れば取るほど、おおむね深まっていく。
(退化していく人もいるとはいるけどねw)

 

しかし、知識は理解できないものはどんなに努力しても理解できないし、使いこなすことは出来ない。

 

旧世代にできることは、新世代の邪魔をしないようにすることだけだ。

 

一般的に「知識はお勉強すれば学べるけど、知恵は経験を積んで体得していくしか無い」と思われているけど、実はこれは逆であることが分かる。

 

知恵は、逆に言うと、経験さえ積めば年齢に関係なく体得するすることができるし、あるいは、知恵を持った人物を参謀/顧問/社外取締役/メンター/相談役などの形で雇って、適宜相談して分けてもらえばいい。

 

しかし、テクノロジに関する知識は、分からない人はどんなに努力しても分からない。それを理解して使いこなすためには、センスが必要だ。

 

たぶん、よその国民、民族では、力を持っている旧世代が、自ら身を引いて(あるいは何らか別の方法で)優秀な新世代に世代交代していくメカニズムを内在的に持っているのだと思う。

 

我が国の組織は、これを持っていない。

 

この辺り、比較文化論的な視点で、よその国民、民族ではどうやって解決しているのかを調べて、うまく日本に取り入れることができればいいのにな、と思いました。

 

と、ここで、日露戦争当時の秋山真之の年齢を調べてみたら、なんと!36歳だった。 我が国の官僚組織でも、優秀な若手を登用することが出来ない訳ではないんだな。


占守島の戦い

「歴史に もしも は無い」はあり得ない。

これ、よく言われる言葉だけど、間違っている。

歴史を学ぶのは、過去のケーススタディを研究して、現在、そして未来のディシジョンメイキングに活かすためである。
そのためには、過去のある局面において、条件が変わっていたらどうなっていたか?をシミュレートすることが役に立つ。
真珠湾攻撃において、米国の空母を8割方撃沈していたらどうなっていたか?
ミッドウェイ海戦において、帝国海軍が加賀、赤城、蒼龍、飛龍を失っていなかったらどうなっていたか?

 

占守島の戦い

『8月17日、ソ連軍上陸す―最果ての要衝・占守島攻防記』
大野芳, 新潮社, 2010年7月

この本、最近読み終えた。

恥ずかしながら、2年前にとある講演会で話を聞くまで、この占守島の戦いなる戦史をまったく知らなかった。

北千島の先っちょの島であり、精鋭部隊が配置されていた。想定している敵は米国であり、日ソ中立条約がまだ生きている状況下でソ連は敵としては想定していなかった。

昭和20年8月17日、すなわち我が国が敵方に降伏した後で、ソ連が占守島に攻め込んできた。

占守島を守備する部隊は、武装解除に備えて、既に粛々と書類や武器を投棄し始めていたのだが、ソ連の不法な侵攻を迎え撃ち、激しいバトルとなった。

その際、戦車第十一聯隊長の池田末男大佐(後、少将に進級)は、

諸氏は今、赤穂浪士となり恥を忍んでも将来に仇を報ぜんとするか、あるいは白虎隊となり、玉砕もって民族の防波堤となり後世の歴史に問わんとするか、赤穂浪士たらんとするものは一歩前に出よ。白虎隊たらんとする者は手を挙げよ。

とスピーチし、これに全軍一丸となって雄叫びを挙げて呼応し、ソ連と命がけで戦う覚悟を決めたのだという。
このスピーチの絶妙なところは、仲間と別れ敵に背を向けて内地に還り、敵前逃亡との汚辱に耐えつつ吉良の首を掻く機を伺うもまた勇なり、とエクスキューズを残してあげているところだ。
帝国陸軍戦車第十一聯隊のスピリットは、北恵庭に駐屯して北辺の守りにつく陸上自衛隊第11旅団第11戦車大隊に引き継がれている。

結果は、wikipediaの方が詳しい。
日ソともに千人以上の戦死者を出しつつ、戦闘レベルでの停戦をすることになる。

 

占守島の戦いで生き残った皇軍将兵の多くは、ソ連に不法にシベリア抑留され、正確な記録を残せなかったために、占守島の戦いは正確な戦史が後世に伝わっていない。
行ってみたいけど、ビザはたぶん取れない。

本書は、綿密な関係者へのインタビュと、ロシアの公文書を解きほぐしていくことによって、正確な戦闘の姿を炙り出していこうという一つの試みである。

 

 

占守島の戦いの成果

占守島守備隊が命がけで戦っていなかったら、北海道までソ連は侵略し、我が国は分割統治されていたかもしれない、占守島守備隊は日本を救ったのだ、という見方がある。
ソ連の侵攻軍が占守島の戦いの後始末に釘付けされている間に、米軍による北海道進駐が完了したため、ソ連が北海道にまで手を伸ばすチャンスを失った、という捉え方である。
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1604.html

他方で、ソ連による占守島侵攻と、北海道侵略の検討は別ルートの話なので、そもそも無関係であり、占守島守備隊は無駄死にだった、という見方もある。
http://d.hatena.ne.jp/Mukke/20080822/1219404745

 

どちらが正しいかは分からない。
しかし、占守島の皇軍将兵が、国を護るために戦う必要があると考えて戦ったのだと信ずる。

 

ついでに言うと、ごく控えめに言って、私はロシアがあまり好きではない。
昭和14年生まれの父親(故人)からは「ロシア人は日ソ中立条約を一方的に破って火事場泥棒のように攻めこんできた卑怯で意地汚い奴らだ」と言われて育ってきたし、まあ概ね同じように捉えている。

しかし、この本でも描かれているし、たしか司馬遼太郎の『坂の上の雲』において、旅順の203高地を巡る戦いでも描かれていたけど、ロシア人も日本人と同じように、戦場で特攻をしたらしい。我が国と異なり戦術レベルなものではなく、あくまでも戦闘の現場レベルの匹夫の勇といったものだが、少なくとも、ロシア人が、自分が大切にするもののために命を捧げることを良しとする価値観を持っていることは間違いない。なので、個人的に友達になれば信頼して背中を任せられる連中なのだろうとは思う。

201206_旅順 203高地より旅順港を望む
(2012年6月、203高地より旅順港を望む)

あと、ロシアの女の子ってぐうかわだよね!
http://blog.livedoor.jp/nizigami/archives/36481822.html


「サンプル調査の結果だからあてにならない」という人たち

統計学が最強の学問である
西内啓
ダイヤモンド社

ちょっと前にベストセラーになった本、今さらだけど読み中(まだ読み終わってない)。

ビッグデータ分析系サービスが流行っており、「統計学」というワードがバズっている昨今、この書名は、平積みになっていたらおおっ!と思わず手にとってしまうような、営業的にいい名前だ。

中世ヨーロッパのペスト対策において、様々な条件別に羅患率を調べた結果、水道会社が異なると羅患率が大幅に異なることが分かった。投薬したり患者を調べたりといった医学的なアプローチではなく、公衆衛生分野における統計学的なアプローチから、数万単位の人命を救うことが出来た。

大恐慌において、街に失業者が溢れつつも、当時は失業率を正確に把握する調査手法がなかった。そこで、サンプル調査を史上初めて実施して、正確な失業率を把握し、有意な政策立案に活用することが出来た。当時の経済学のオーソリティたちは、全数調査じゃないと意味が無いと言ってサンプル調査に対して否定的だったらしい。

というような史実を引いた上で、著者は、統計リテラシ(統計学をうまく扱うセンス)がいかに重要かということを説いている。反面、未だにサンプル調査に対して感覚的に「ランダムに抽出したサンプル調査なんて信用出来ない。全数調査しか信用するに値しない」という人が多過ぎるという現状を嘆いている。

(今のところ、読んだのはこの辺りまで)

 

私は永年、ネット業界でマーケティング、リサーチ領域の仕事をやってきたのだが、 世の中の平均的ビジネスマンの統計リテラシの低さにイラつかされることが多々あったので、大いに頷きながら読み進めている。

 

行政、政治分野においても、様々なアンケートやらの調査をやっている。そもそも選挙そのものが統計的にマスの意思を集約していく作業だし。

 

蕨市では、毎年、市民意識調査というのをやっている。
蕨市:市民意識調査(平成25年度調査結果を公表しました)

調査のやり方は、以下の様なもの。

・調査期間:平成25年8月
・調査対象:市内在住の満20歳以上の男女
・対象者数:1,000人
・抽出方法:住民基本台帳から各地区の年齢層別の人口比率に基づき、男女別に無作為抽出
・調査方法:行政連絡員による送付、郵便による回答
・回収率:35.5%(配布数1,000票のうち355票回収)

この手法は、よくあるもので、コストもそれなりにかかっている。
毎年同じ内容を調べて、トレンドを比較することに意味がある。

この「対象者:1,000人、回収率:35.5%」を取って、「こんなに回収率が低い調査結果は信用出来ない!」とか、「市民7.2万のうち、0.1万人を対象に行った調査はいいかげんだ!」とか「有効回答数355票のうち、蕨市に愛着を感じているという回答が256人ということは、72,000人-256人が蕨市に愛着を感じていない可能性がある」とか、無茶苦茶な暴論を耳にしたことがあり、その時はかなりうんざりした。

マーケティングとリサーチの領域は、長い学術的な研究に裏打ちされたサイエンスの世界である。感覚的に理解できないからといってこれを否定するのは間違っている愚かな態度だ。

私はネット業界でマーケティングとリサーチ領域の仕事をしていた(といっても、体系的に学んだ訳でもないし、言うならば膨大な研究成果のうちの上澄みをうまく利用させてもらってただけみたいなもんだけど)ので、統計的な成果物を感覚的に理解できないからといって否定するような発言を聞くと、自分の仕事が否定されているようにも感じて、残念で悲しい感じがします。


『あたし彼女』

今話題の、ケータイ小説大賞受賞作品wなんだけど、取り敢えず10ページくらいよんだ。

http://nkst.jp/pc/index.php

とにかくきもくてむかつく。読んでてだるい。

まあしかし、これを読み切ったら、何か今まで見えなかったものが見えてくるようになりそうな気もしたりしなかったりするので、何とか頑張って最後まで読んでみようと思う。

言葉のセンスが古い感じがするんだけど、意外と著者ってオッサンなんじゃないか?


この本読みました。池井戸潤, 『オレたちバブル入行組』

行きつけのバイク屋でCBR1000RRの18ヶ月点検、オイル交換、リヤタイヤ交換を待っているときに、暇つぶしに本屋で買って読んだ。

銀行の社内人事・政治を舞台に、不正融資とその債権回収をテーマにしたストーリ。小説としては粗筋は単純なんだが、基本的には勧善懲悪、ハッピーエンドで、安心して読める。

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この本読んだ。『成功はゴミ箱の中に―レイ・クロック自伝 世界一、億万長者を生んだ男-マクドナルド創業者』

レイ A.クロック,ロバート・アンダーソン
プレジデント社

¥ 1,500

(2007-01)

Amazonランキング:
140位
Amazonおすすめ度:


勇気が湧いてくる本
内容は最高の一冊
挑戦と情熱のマクドナルド誕生物語

マクドナルドの事実上の創業者の方の自叙伝。
翻訳文章もテンポいいので、すいすい読めた。

エンタメ本として、面白い。

おおむね、当初の狙い通りにマクドナルドのハンバーガーは大ヒット!まさに俺の狙い通りさ、すごいだろう!?という、彼の国の人らしく「俺ってすごいアメリカンドリーマー」という感じで、楽観主義に貫かれている。

ライセンスを受けているマクドナルド兄弟の確執、側近と方針が合わなくて社内に派閥が出来てしまう、資金調達に苦労して家を担保に借金しちゃって奥さんと離婚することになったり・・・などトラブルもたくさん、もちろん山アリ谷ありなんだけど。

50歳越えてからの創業っていうのもすごいね。
がむしゃらに働いて、それなりにお金があって(レイ・クロックさんは、マクドナルド創業前にミキサーの卸としてそれなりに成功してた)、それでも尚、上を目指してお店の便所掃除とかの現場仕事もいとわずに頑張ろうとする人の頭ってどうなってるんだろう。

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