蕨市の「平和事業」から、平和を実現する方法を考える。

蕨市の「平和事業」なる不思議なモノ

さて、蕨市では、毎年、「平和事業」なるものを幾つかやっており、その一覧表とチラシを綴じた冊子が、市役所の入り口で配布されていました。

おそらく、毎年同じものを作っているものと思いますが、手に取ったのは初めてです。

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各公民館、図書館、歴史民俗資料館が会場となっており、それぞれが主催してます。
この資料の発行元である、教育委員会が、最終的な主催者ということになります。

 

イベントは、一覧表によると、20あり、概ね、3パターンに分類出来ます。

 

(1)平和を祈るための、抽象的なイベント
(2)戦争体験談を聞く
(3)戦時下の悲惨な暮らしの展示

(1)は、平和を祈るための音楽コンサート、戦争をテーマとした映画の鑑賞会、蕨市民公園に設置されている平和之母子像をみんなで清掃するイベント、千羽鶴を折る会など。具体的な内容については不明ですが、おそらく、そのイベントの内容そのものが平和の実現に直結するものではなく、イベントを通じて、各自が平和について考えることを目的とするものです。

(2)は、大東亜戦争の体験談を聞く会です。数件開催されるようで、それぞれの語り部がどういう方なのかプロフィールは不明です。

(3)は、すいとんの試食会、パネル展「戦時下の蕨」、「戦時下の子供たちと暮らし」(おそらく写真展)、展示コーナー「戦争の記録 埼玉の被害」(おそらく写真、地図、空襲で焼けたモノなどの展示)など、銃後の切り詰めた暮らし、敵国による被害状況を展示したものです。

 

いずれについても詳しい内容は不明ですが、概ね、一貫して、

「大東亜戦争は、邪悪な政治家・軍が暴走したもので、ピープルは被害者である」という東京裁判史観

あるいは、

「権力は絶対悪であり、虐げられたピープルは横暴な権力と戦わなくてはならない」という階級闘争史観

に貫かれており、個人的にはとても不愉快です。

 

ナマの体験談を聞いて、教訓を導き出し、現在や将来の意思決定に役立てることは大切です。

しかしながら、抽象的に祈ったり、すいとんを食べて貧しい食生活を追体験したり、戦況が厳しくなった後の、悲しく惨めな生活を振り返ることにどのような意味があるのでしょうか。

戦争が悲惨であることを追体験し、振り返るだけでは、戦争を防ぐことは出来ません。

 

戦争を防ぎ、平和を実現する方法

私が大学で学んだ、戦争を防ぐ方法は、
・戦争の研究をすること
・戦争の備えをすること
この2つです。

戦争の研究は、すなわち、過去の戦争の歴史の研究と、兵器の研究です。強いて挙げれば、国際法の研究も含まれます。
(尚、具体的な軍事戦術・戦闘術は、プロの軍人の範疇であり、民間人が研究する必要はありません。我が国においては、これを研究している大学も存在しないはずです。)

戦争の備えは、意思と能力に大別されます。
意思は、国民の、たとえ戦争をしてでも守るべきものを守るという心構えのことです。
能力は、軍事力と、これを支える国内法体系、諸インフラのことです。

 

「平和事業」の私案

私が、蕨市の「平和事業」をデザインするならば、ざっくり、以下のような方針で考えますね。

 

戦争の歴史の研究

日露戦争から大東亜戦争までの個別の、戦史の展示を行います。
具体的な人物や、イベント、軍艦などをピックアップして取り上げます。

例えば、
・部下思いの、旅順口閉塞作戦の広瀬中佐
・命懸けでバルチック艦隊の動静を内地に伝えようとした、宮古島の久松五勇士
・冷静沈着に事故に対処した、第六潜水艇の佐久間艇長
・コロンバンガラ島沖海戦で、身を挺して勇敢に戦った軽巡洋艦神通
・玉砕を禁じて少しでも長く敵を釘付けにすることを狙った硫黄島の戦い

どれもこれも、民族の栄光の歴史として永遠に語り継ぐべき話です。
インパール作戦、レイテ沖海戦などの、失敗した戦史についてはここでは取り上げません。

 

兵器の研究

人類の歴史は、兵器の歴史です。
兵器を理解しないと、戦争を防ぐことは出来ません。

現在の最新式の、
我が国と同盟国(米国)の兵器
潜在的な敵国の兵器
の写真による展示を行います。

また、核兵器については、冷戦後も尚、世界のディシジョンメーカーのコモンセンスとなっている相互確証破壊理論と、NPT体制を中心とした解説を行います。
これを理解しないと、我が国や既存の核保有国が2017年7月 核兵器禁止条約に反対している理由、北コリアが必死で核開発を進める理由は、理解出来ません。

 

守るべきものを必ず守るという心構えの涵養

これら上記の展示を通じて、私達の父祖が、何のために命懸けで戦ったのかを考えることで、たとえ戦争をしてでも守るべきものを守る、という心構えを涵養していきます。

 

これらが、戦争を防ぎ、平和を実現するための唯一の方法だと確信します。


都議選の感想など

先日2017年7月2日に、都議選の投開票が行われ、小池百合子都知事が率いる都民ファーストが大躍進して、東京自民党が歴史的な大敗を喫したわけですが、主観的かつ定性的に、あくまでも当事者ではなく傍観者かつ評論家的な視点で、チラ裏的な所見をメモとして下記。

為念、私の立場は、もちろん自民党員なので、東京自民党を心の中で応援していたわけですが、具体的な選挙活動などのサポートは何もやらなかった。
自民党は、どのレイヤーにおいても、地域支部の独立性が極めて強く、組織としての横の繋がりはほとんどない。個人的な繋がりで、知り合いの候補がいれば応援しに行ったと思うが、特にいなかったので。

 

 

結果にびっくり

都民ファースト躍進・自民敗北は、事前のほとんどの報道通りでもあり、多くの人が何となく予想していた通りでもあったと思う。

個人的には、個人的な予想を遥かに越えて都民ファーストが圧勝し、東京自民党が大敗北したのでびっくりした。

まさか自民党がここまで負けるとはね。
これが、今回の「小びっくり」

 

 

選挙戦にもびっくり

今回の「大びっくり」は、選挙戦全体を通じて、政策論争がまったく為されなかったこと。

東京都民の関心事というのは、待機児童やら高齢者福祉やらもちろん多岐に渡っているはずだが、やはり何と言っても、あらゆる(都内の)地域、世代を通じて関心が高いのは、
・東京オリンピック
・築地市場の豊洲への移転
の2題かと(主観的に)思う。

東京オリンピックについては、既存路線を小池都知事が修正して、もはや実行フェーズであって、政策論争のフェーズではないが、小池路線を信任するかどうか、が争点となるのだろうと思っていた。

市場移転については、最終的に小池都知事が打ち出した方針は、「豊洲に移転しつつ、築地も残す。財源はワイズスペンディングでw」というものだ。
個人的には、「築地残留派にも豊洲移転派にも良い顔をしようとした、玉虫カラーの案であり、戦力が分散化してしまう、下策中の下策」と思っていたのだが、この際僕の考えはどうでもよくて、この小池都知事の方針、ないしはこのような方針を最終的な落とし所に据えようとする小池都知事の政治スタイルを信任するかどうか、という点が争点になるのだろうと思っていた。

ところが、選挙戦が始まってみると、オリンピックも市場移転もさっぱり話題に上らなかった。これが「大びっくり」。

 

 

徹頭徹尾、イメージ選挙だった

では何が勝敗を分けたかというと、徹底的なイメージ選挙だった。

都民ファースト側が打ち出した、東京自民党/都民ファーストのそれぞれのイメージは、

東京自民党:
古くてダメダメな体質。

都民ファースト:
新しい、期待できる。

というものだった。
新人だからと言って、中身は(体質は)古い場合もあるし、能力的にも実績的にもまったく期待できない候補者もいるし、一皮むけば「元民主党」だったりする候補者すら居たりしたわけだが、この際、実態は関係ない。何故ならば、あくまでもイメージ選挙だから。

イメージ選挙は、徹底的に同じことを連呼することが大事。イメージ選挙においては、政策を語る必要はない。政策を問われたら、はぐらかすのが、戦術的には正しい。だからこそ、小池都知事は、市場移転問題の財源を問われて「ワイズスペンディングで」などという回答を、敢えて為したわけだ。

 

東京自民党は、都民ファーストによるイメージ選挙に対抗できなかった。

 

 

マスメディアは、本質的に反権力指向

今回、つくづく思い知ったのが、これ。
我が国においては、個々のメディアによって、イデオロギー的にも、各政党との距離感もまちまちだが、押し並べて、本質的には、反権力指向を持っている。

反権力指向とは、時の政権が自民党だろうが民進党だろうが都民ファーストだろうがどこの政党だろうが関係なく、右派だろうが左派だろうが関係なく、その時点での強者をとにかく叩く、というもの。
これが、マスメディアの本質だ。

もちろん全てではなく、例外はあるけど。
あと、比較政治学的なアプローチで、海外の事例を研究してみたら面白いけど、たぶん、我が国だけの特殊な事情だと思う。

 

何でだろう?
もっと他のアプローチの、例えば事大主義的なメディアが存在しても、それはそれでおかしくないのに(マーケット的に受け入れられる余地はあるはずなのに)。

私の仮説だけど、我が国のマスメディア業界(主に新聞業界・テレビ業界)は、人材に占める学歴エリートの比率が高過ぎて、「マスメディアが、マスを代表して権力と闘う」という意識が強過ぎることと、業界の(その中でも、特に社会的影響力が大きい、大規模メディア企業の)人材の流動性が低く、多様性が低いことが要因ではないかと。

もしかしたら、「自分達はマスを代表している」という意識は、政治家よりもマスメディアの人の方が強いかもしれない(笑)

 

 

今回の都議選では、多くのマスメディアが、反権力指向に基づき、徹底的な反自民・親都民ファーストのアプローチで報道に臨んでいた。

国政レベルでの自民党国会議員の失言(稲田防衛大臣の失言)、スキャンダル(豊田真由子衆議院議員の秘書への暴力)を、あたかも、東京自民党の古くてダメダメな体質の発露であるかのように報じていた。これらの失言やスキャンダルは、政党の問題ではなく、個人の問題なのだが、百歩譲って、国政レベルでの自民党の「強者のおごり」からくる組織的な要因に基づくものだったとしても、それは、一地方支部に過ぎない東京自民党とは無関係であったはずだが、これを結びつけようとする報道が多かった。

選挙戦最終日の秋葉原における安倍自民党総裁の選挙演説のときに、わずか数十人規模の一部の組織的な、「安倍辞めろ」という旗を掲げてシュプレヒコールを叫ぶ演説妨害活動を、あたかも秋葉原に集まった殆どの人達が同調していたかのような報道もあった。

これらは、偏向報道、あるいは、最近の言葉で言うとフェイクニュースと呼ぶのが相応しい。

 

 

難問山積の東京都議選において、何故、政策が争われなかったのか?

何故、イメージ選挙に終止してしまったのだろうか。

正直、よく分からないのだが、結局、ただ一つ考えられる理由は、マスメディアが、各陣営・各候補者の政策に、報道の焦点を当てなかったから、ということかと思う。

マスメディアが政策を取り上げなかったから、政策が争われなかった。

マスメディアがイメージ選挙を後押ししたから、イメージ選挙に終止してしまった。

 

東京オリンピックや築地市場の豊洲移転問題に限らず、様々な問題・課題を抱えている東京都政を、新しいイメージだけでどうこうできるはずがない。

政策を必死で考えて、これを闘わせて更に練り上げていかなくてはならないのに。

 

 

マスのメディアリテラシはまだまだ昔のまま

昔と異なり、マスメディアの影響力は、相対的に言って落ちているはずだ。

新聞の購読率は下がり続けているし、テレビを見ない人も増えている。
インターネットが社会・情報インフラとして普及して、ソーシャルメディアも十分に育ってきた。10年前は、2ちゃんねるのような玉石混交のコミュニティしかなくて、使いこなすにはそれなりの知性が必要だったが、今は、ソーシャルメディアがこなれてきた。

 

なので、マスメディアの反権力指向に基づく、原始的な手法による偏向報道・フェイクニュースは、もはやそれ程効果を発揮し得ないものと思っていた。

でも、まだまだマスメディアの力って大きいんだなー!というのが率直な感想だ。

この点においては、時の大新聞がマスを煽りに煽って好戦気分を盛り上げ、時の政権を対米開戦に追い込んだ時代とあまり変わってない。

 

これは、一言で言うと「マスのメディアリテラシが低い」ということなんだろうし、おそらく、世代によってマスメディアとの接し方、メディアリテラシには大きな差があると思う。

今回の都議選の結果も、世代ごとの自民・都民ファーストと得票率はおそらく全然違うのではないかと思うが、ちょっと面倒なので、そこまで分析はやってない。

 

 

何故、我が国においては、マスメディアの力がこんなに強いんだろう?

と、今、つらつら考えてみたのだが、我が国では、マスが、マスメディアを信頼しすぎているんだよな。
それは、何故かというと、学校教育で、新聞やテレビは嘘をつく、と習ったことはないからだ。
それどころか、学校教育の中で、新聞に書いてあったり、テレビで流れいていることは全て正しいことである、間違っていない、ということを前提として、新聞やテレビを教材にすることも多い。

「政治家は、間違えることもあるし、嘘をつくこともある」というのは、世間の常識と化している。
それどころか、「政治家は、必ず間違える、必ず嘘をつく」と思い込んでいる人も多い。
にもかかわらず、「マスメディアは、間違えない、嘘はつかない」と考えている人は多い。
これは、よく考えてみたら、とても不思議なことだ!

これからの学校教育では、マスメディアは間違えることもあるし、嘘をつくことも多い、ということを教えなくてはならないと思料する。

何が正しいか、何が間違っているかは、自分で判断するしかない。判断するためには、知性が必要だし、膨大な知識が必要だし、場合によっては経験も必要だ。

マスメディアに限った話ではなく、学校の先生とか、親とか、いわゆるエラい人も、間違えることはある(場合によっては、ウソをつくこともあるかも)。何が正しいか、何が間違っているかは、自分が判断しなくてはならない。判断そのものを学校の先生や、親や、エラい人に預けてしまってはいけない。
これを、我が国の伝統的な「親を大切にする、年上の人を敬う」という価値観に反しないように教えるのは、かなり至難の業だ。


女性宮家創設には反対です。

NHK 2017/5/28 : 民進 幹事長「女性宮家」検討明記なければ審議応じず

日経 2017/5/30 :女性宮家検討を明記 退位付帯決議案、与野党合意へ

ということで、女性宮家を検討することとなりました。
民進党が強く主張し、天皇陛下の退位を実現する特例法案を立法するための妥協策として、自民党が受け入れたものです。

これは極めて危険な流れです。

女性宮家は、なんとしても阻止する必要があります。

 

女性宮家ができれば、次にやってくるのは女性天皇であり、女系天皇です。

我が国の歴史上、一度も女系天皇が即位したことはありません。
女系天皇が誕生したその時点で、神武以来の皇統が断絶し、新たな王朝が開闢されることとなります。

民族の歴史と伝統の中心に位置する皇統の断絶は、これすなわち、想像の共同体たる日本民族の消滅を意味します。

 

国家を転覆しようとする罪を内乱罪と呼び、どこの近代国家もこの罪と罰を定めています。

王朝を転覆しようとするのは、近代国家ではこのような罪の概念は存在しませんが、国家の転覆以上の大悪です。

 

歴史と伝統を破壊し社会を転覆して革命を目指す共産主義者や、潜在的な敵国たる外国の勢力下・影響下にある恐れを否定できない政党・勢力が、必死になって皇統の断絶を目論むのは当然のことです。

 

女性宮家創設の議論は、
・男女平等
・皇族が減っていることの対策
というような理由で賛成しないようにしましょう。

事の本質を見誤らないにしていただきたいと思います。


憲法改正についての世論調査結果は、メディアによってこんなにも違う。

(先のエントリ
hoya_t blog : 自民党蕨支部総会がございました。
の続きです。)

 

主要各メディアの直近1ヶ月以内の世論調査結果をざっくり取り出してみると、
改正そのものの賛否を問う設問についての回答は、以下のような感じです。

 

日経新聞 2017/5/3 : 憲法改正、賛否が拮抗 施行70年、改憲支持伸びる

賛成:45%
反対:46%

 

朝日新聞 2017/5/2:現行憲法「日本にとってよかった」89% 朝日世論調査

賛成:41%
反対:50%

 

産経新聞 2017/5/15:憲法、自衛隊の存在明文化「賛成」55・4% 現行憲法が「時代に合っていると思わない」59・1%

賛成:50%
反対:44%

 

毎日新聞 2017/5/3:毎日新聞世論調査 憲法改正「賛成」48% 9条は「反対」46% 施行70年

賛成:48%
反対:33%

 

読売新聞 2017/4/28:施行70年、憲法の役割「評価」89%

賛成:49%
反対:49%

 

東京新聞 2017/4/30 :不戦「9条が貢献」75% 安倍政権で改憲「反対」51% 世論調査

賛成:60%
反対:37%

 

 

ということで、驚くほど、メディアによって比率が異なります。

各リンク先のページをざっと読めば分かりますが、設問の文章、選択肢の文言がそれぞれ絶妙に異なるために、このような違いが生じています。

「これって悪質な誘導質問じゃないの??」と疑わしく思ってしまうような聞き方をしているところもあります。

 

中立的、客観的な調査を行おうとするのであれば、、あらゆるバイアスからフリーにならなくてはならないわけですが、「憲法をどう考えるか?」という、根本的な国家観そのものを問う調査に当たっては、それがとても難しいのです。

 

かように、世論というものは、これを読み解くことが難しいのです。

 

末端の一自民党員としては、直近数年間の国政選挙における自公圧勝の状況などから、「何となく、憲法改正へ向けての気運が高まってきたような気がする」と感じてしまいがちなのですが、この点はとても注意深く考える必要があります。

 

憲法改正の手続きは、一度チャレンジして国民投票で否決されれば、二度目のチャレンジはかなりハードルが高くなります。
改憲派としては、「何度でも気軽にチャレンジしよう」ではなく、「失敗してはならない、一発必中で進めていこう」という心構えが必要となります。


入学式がございました。

本日、2017年4月10日(月)、蕨市内のすべての小中学校において、入学式がございました。

昨日は冷たい雨が一日中、降ったり止んだりしておりましたが、今日はそこそこ暖かく、いい感じの天候コンディションでした。

桜は既に満開は過ぎておりますが、昨日までの雨で散らず、綺麗に咲き残っておりました。

20170410_西小入学式

西小の入学式。

20170410_二中入学式

二中の入学式。

みんな、制服はだぼだぼです(笑)

20170410_二中入学式

ドキがムネムネの、担任の先生とクラスの発表。

 

新入生の皆様、ご家族の皆様、おめでとうございます。

 

 

市議会議員は、全員が、市内小中学校の入学式、卒業式には必ず100%出席しています。

その他の儀礼的なイベントは、てきとうに行ったり行かなかったりということはありますが、入学式と卒業式は絶対出席です。

それは、市町村経営において、学校教育が何よりも大事なものだからです。


二中と西小の卒業式がございました。

先日2017年3月15日(水)、蕨市立第二中学校の卒業式がございました。

また、本日2017年3月22日(水)は、蕨市立西小学校の卒業式がございました。
雨がやんで良かったですね。

ご卒業の皆様、保護者の皆様、先生方、おめでとうございます。

201703_蕨市立西小学校卒業式

 

どうでもいい話ですが、私は、大学を卒業して20年経ちますが、未だに卒論が書けなくて卒業できないかも、どうしょ~~~ヾ(・ω・`;)ノ という夢を、年に2回くらい見ます。

幾つかバリエーションがありまして、勘違いして取った単位が卒業必須科目として認められず、卒業資格を満たしていない  (((( ;゚д゚)))) という夢を見ることもあります。