このまま自粛モデルでいくのか、禁止モデル・監視モデルを取り入れるか?

第二波、あるいは次なる未知のパンデミックへの備えが必要

日々報道される、首都圏の新型コロナウイルス新規感染者数は、取り敢えずその絶対値のトレンドだけを見ると、収まりつつあるように見えます。

第一波(武漢株を第一波、欧州株を第二波とカウントする考え方もあるようです)は、取り敢えず、素人目には収束間近と見ていいのではないかと思えます。
専門家の判断が待たれるところです。

 

第一波が抑えることが出来つつある(かのように見える)現状は、必要にして十分な備えをして立ち向かった結果なのか、偶然が積み重なった僥倖なのか、今後の検証が待たれるところです。

 

新型コロナウイルスに関しては、未知の部分が大きいので、感染症の専門家によっても、意見が分かれることが多そうです。

 

しかしながら、「どのような波形・規模でやってくるか分からないが、第二派は、間違いなくやってくる」という意見は、専門家の間ではほぼ共通しており、確実視されているようです。

 

 

ワクチンが開発されていない、このたびの新型コロナウイルスに対しては、「人と人との接触を制限する」というアプローチでしか立ち向かうことは出来ません。

国によって、具体的なモデルは後述のように幾つかのパターンがありますが、基本的な考え方は接触制限アプローチということで共通しています。

具体的には、

・人の外出を制限する
・お店(+その他)の営業を制限する

ということです。

 

人と人との接触を制限しない、ピークカット戦略(集団免疫戦略)は、少なくともこのたびの新型コロナに対しては、有効な戦略ではありませんでした

初期の英国が採用していましたがいち早く失策を認めて接触制限アプローチに転換しました。
スウェーデンは未だにピークカット戦略(集団免疫戦略)を続けていますが、よく言うと「壮大な社会実験」ですが、私には、ごく控えめに言っても「バクチを打っているだけ」にしか見えません。
某ブラ○ルは・・・うーん、何なんですかね?

 

 

 

我が国は、第一波は自粛モデル(詳しくは後述)で乗り切りつつありますが、来る第二派を、そして何十年後か分からないが、次にやってくる未知なるパンデミックを、再びこの自粛モデルで立ち向かうのか?というのを、今、よく考えておくべきだと思います。

 

 

 

パンデミックに備えた、社会・法の制度の分類

以下は、学術的なものではなくて、私がざっくり提示するものですが、

(1)自粛モデル
(2)禁止+罰則モデル
(3)監視モデル(禁止+罰則+監視モデル)

と分類できるかな、と。
よく見るとMECEになっていない点はご容赦を。

 

(1)に行くほど、小さな政府で、自由な社会です。
(3)に行くほど、強権的な、大きな政府で、窮屈な社会です。

(尚、ここでは、補填・補償の有無については触れません。
以下の話の本質とは関係ないからです。)

 

 

 

 

(1)自粛モデル

我が国は、緊急事態宣言を発令しつつも、人々の外出やお店の営業を罰する法的根拠はなく、否応なく自粛モデルで第一波に立ち向かわざるを得ませんでした。

政府は、あくまでも、「外出しないように」、「お店は閉めてください」と自粛を呼びかけるだけであり、法的に罰則を課す事はできませんでした。

しかしながら、我が国独自の重要なポイントは、政府が法的に加罰することは不可能だったものの、社会が加罰したという点です。

陽性が判明したのに高速バスで帰省して郷里にウイルスを撒き散らした人や、コロナ感染疑いがありPCR検査を受けて結果待ちであるにも関わらず県境を越えて整形外科を受診した人のケースなどは論外としても、緊急事態制限下での様々な外出活動、お店の営業活動に対して、バッシングが行われました。

これらは、法に拠らない、マスメディア・ソーシャルメディアによる私的な制裁と言えます。

世間の目が怖くて、多くの人が外出を、お店が営業を自粛したのです。

https://news.yahoo.co.jp/byline/tachibanaakira/20200518-00176605/

橘玲氏は、伝統的な村八分の考え方に基づく、同調圧力と道徳警察によって社会が統制されたものであり、法に拠らない権力の行使はファシズムであると指摘しています。

 

 

(2)禁止+罰則モデル

米国も欧州各国も、その他多くの国々が、このモデルです。
法律によって、人の外出、お店の営業を禁止しています。
これを破った人、お店に対しては、罰則を課しています。

シンプルで分かりやすいですね。

外出する自由、食い扶持を稼ぐためにお店を営業する権利を制限するというのは、よほどのことです。しかしながら、今が、それほどまでの事をやらなくてはならない非常事態だというコンセンサスがあり、これを背景として、政府が法に基づいて権限を行使しているのです。

 

 

(3)監視モデル(禁止+罰則+監視モデル)

既にビフォア・コロナの時点から高度な監視社会が実現していた中共においては、政府による国民の監視によって、綿密な感染経路調査を行いました。

外出する人には、必ずスマホに追跡アプリをインストールさせ、地下鉄に乗る際はどこの車両のどこら辺に乗車したのかQRコードを読み取らせて登録し、街中に張り巡らした監視カメラで顔認証して人物を特定しています。
ここまでやれば、一人新たに感染者が発生したとしても、その人の行動履歴を100%完璧にトラッキングし、全ての接触者をリストアップすることが可能になります。

韓国もこのモデルです。5月1日に梨泰院のゲイクラブでクラスタが発生した際は、クレジットカードの使用履歴(韓国はかなり早い時期からクレカ社会なので、コンビニで数十円程度買い物した時でもだいたいクレカを使います)、携帯電話のGPS行動履歴、街中防犯カメラ撮影記録を元に、ゲイクラブに出入りしていた事実がアウティングされてしまうことも構わず、警察が8.5千人体制の人海戦術で感染経路調査を行っています。

 

ちょっと私達、日本人の感覚では、「ありえない」ですね。

蕨市では、平成30年度(2018年度)に140台の防犯カメラを市内に防犯目的で設置しました。純粋に防犯目的であり、しかも、どこかでリアルタイムにモニタリング出来るわけではなく、スタンドアロン型であるにもかからわず、多くのプライバシー侵害への懸念の声があったことが思い起こされます。

 

しかしながら、中共、韓国は、いち早くコロナ感染の第一波を乗り切り、グリーン国となりました。

 

「そこまでやるのかよ!」という、この監視モデルですが、ここまでやれば、第二波や次なる未知のパンデミックに対しては、中共や韓国を見れば分かるように、かなり強力に対抗することが出来ます。

 

(尚、単純に「禁止+罰則」を伴わない、シンプルに監視のみの「監視モデル」というのは、なかなか成立しないのではないかと思います。)

 

 

 

今後も自粛モデルを続けることは、危険

我が国は、今後も、第二波に対して、そして次なる未知のパンデミックに対して、この不安定な自粛モデルで戦うのか?

私には、これは、綱渡りのバクチに見えますね。

第一波はうまく乗り切りつつあります。
次もうまくいくかどうかは分かりません。

詳しくは、疫学的な専門家の分析を拝見したいとも思いますが、少なくとも言えることは、「人と人との接触8割減」という非常事態宣言における目標数値は、達成出来ていませんでした。

 

 

 

我が国のconstitutionをどうデザインするか?

このテーマは、畢竟、我が国のconstitution論なのです。

狭義の憲法論に留まらず、この国の広義のconstitution(=国体)を、どのようにデザインていくか?という話なのです。

 

この国のconstitutionは、今のままでいいのだろうか?
新型コロナウイルス第二波、次なる未知のパンデミックに対して、引き続き自粛モデルで戦っていくべきなのかどうか?

 

 

私の考え

この稿では問題提起に留め、私の考えを詳しく書くのは次の機会に。

私の考えをご参考までに一言だけ述べておきますと、私はもちろん、先のエントリで書いたように、禁止モデルに移行すべきだと思います。

なぜパチンコ屋ばかりが槍玉に挙げられるのか?

監視モデルは嫌ですね。生理的に気持ち悪い。政府に監視されるくらいなら野垂れ死んた方がいいです。あ、でも、家族が死んだり、自分が原因で誰かに感染させてしまうのは嫌ですね。それならば仕方ないと受け入れられるかも。

・・・と、まあ、このように、constitution論というのは、個人的な好き嫌い、感覚で語るべきものです。緻密に理屈を積み上げて考えるべきものではありません。


自殺は減少、生活保護は増加、倒産は減少?

新型コロナウイルス関連での人々の生活、経済への影響を観測する上で、注目すべき数字は、

・自殺
・生活保護
・倒産

のトレンドです。

 

直近の4月の数字が、各ニュースサイトにて報道されていました。

これらの数字は、継続的に目を光らせておくべきと思います。

また、目先の数字の上下に一喜一憂するのではなく、トレンドの変化と、背景についても分析する必要があります。

 

 

 

自殺は減少

4月の自殺者数が前年比で約2割減 「職場や学校に追い込む何かが…」という声も

4月の自殺者数が前年比でおよそ2割減っていることが、厚労省や警察庁のまとめで分かった。 警察庁が ウェブサイトで公開した2020年4月の自殺者数は1455人で、2019年4月の1814人から19.8%減。同庁などによる まとめ によると、少なくとも2015年以降、4月の自殺者数としては最も少なかった。 …

取り敢えず、直近の自殺件数は減っています。

「自殺の原因の多くが人間関係によるストレスであり、職場や学校での他人との接触機会が減った結果、自殺も減った」という背景の分析には、個人的にはかなり納得感があります(笑)。

今後、増加トレンドに転じる可能性は多々あります。

 

新型コロナの感染拡大によって、なぜ自殺が増えるかというと、その理由の1つは、短期的には、

(1)経済の縮小 → 企業の廃業・倒産、失業、資産の毀損

ということなのですが、これに加えて、中長期的には、

(2)ニュー・ノーマルへの移行に対応出来ない人達が出てくるから

というのも、2つ目の理由として挙げられます。

 

政策的な努力によって、自ら死を選ぶ人が一人でも少なくするようにしなくてはならない。

これは、国~都道府県~市町村、それぞれのレベルで、出来ることは色々あると思います。

(1)については、市レベルでは、最後のセーフティネットである、生活保護が、漏れなく、確実に機能するようにすること。
これについては、次項にて。

(2)については、うーん。なんだろう?職業訓練の強化とか?ITリテラシ教育の強化とか?
そもそも、市場に委ねるべきであって、政府が介入するべきではないのか?
これについては、これから考えます。

 

 

 

生活保護は増加

<新型コロナ>生活保護受給 急増の兆し 申請リーマン上回る可能性 電話相談2日で5000件

新型コロナウイルスの感染拡大の影響で解雇や雇い止め、休業が相次ぎ、生活保護受給者が急速に増加する兆しが出ていることが分かった。支援団体が四月中旬に行った電話相談会には事業主などから二日間で五千件超が寄せられた。福祉関係者の間では「リーマン・ショックを超える申請数増加になる可能性もある」との観測が広がる。自殺者が増える懸念もあり、一時的に審査を簡素化するなど、困窮者への早急な支援が急務だ。 …

具体的な被保護世帯数については、まだ統計データは上がってきていません。蕨市の数字もまだ不明です。

上の記事では、支援団体への相談件数が増加している状況から、「急増するだろう」、「リーマン・ショックを超えるかもしれない」という見立てを紹介しています。

 

 

 

市議会レベルで、今考えるべきテーマなど

こちらのエントリで、生活保護の増加に備えるべきという課題認識を提示して、

 

【蕨市議会】会派:令政クラブにて、市長宛て新型コロナ対策提言書を出しました。

こちらのエントリにて説明したように、私が所属している蕨市議会の保守系・自民党系の議会会派:令政クラブでは、市長宛てに生活保護の増大に備えて、

・ケースワーカーの緊急増員
・制度利用促進の広報

を提言したところです。

私たちの会派は、従来は、「共産党員の市長の下で生活保護が増え続けている」という蕨市の現状に不満を持ち、不正受給を防ぐための厳格な調査、個別外部監査の導入、低家賃の築古アパートの建て替え促進など、生活保護を減らすための施策を訴えてきたところです。

しかしながら、現下の状況ではそうも言っておられず、生活保護が本当に必要な人が、自ら死を選ぶことがないように、漏れなく確実にこの制度を使ってもらえるように、「制度利用促進の広報」を提言したところです。

 

 

 

倒産は減少?

https://www.tdb.co.jp/tosan/covid19/index.html

帝国データバンクによると、新型コロナ関連倒産は、147件。
たったの?
そんなに少ないの?

倒産阻む司法の旧弊

新型コロナウイルス感染拡大に伴う国の緊急事態宣言を受けた休業などの影響で、苦境に陥る企業が増えている。にもかかわらず、4月の都内の倒産件数は前年同月比で1割減となった。政府の支援策が効いているのか。事情はそれほど単純ではない。 5月上旬、都内の弁護士は悩んでいた。複数の中小経営者から破産についての相談が寄せられているが「どの案件で破産手続きを裁判所に申し立てるか」精査する必要があるからだ。 …

日経では「4月の都内の倒産件数は前年同月比で1割減」という数字を取り上げつつ、裁判所が感染拡大防止のために業務を縮小しているので、破産手続きが出来ないケースが増えているという背景を分析し、緊急事態宣言解除後に倒産ラッシュが起こるだろう、という法曹界における見立てを紹介しています。

米国、韓国、シンガポールでは、オンラインで破産手続きの申請が出来るようですが、我が国は紙ベースでの手続きが必要、とのこと。

 

アフター・コロナの世界では、人と人とのコミュニケーションのやり方、あらゆる仕事の流れ(民間セクタ、公的セクタの両方とも)、行政手続き、司法手続き、教育、医療において、一気にDXが進みます。

新型コロナによって、必要に迫られてしまったので、やるしかない。
必要に迫られれば、物事は一気に動きます。

前述の話に戻りますが、ニュー・ノーマルへの移行に対応出来ない人たちは、気の毒ですが、今後は淘汰されていかざるを得ない。
(※追記 淘汰というのは、文字通り死ぬとか解雇されるとかという意味ではなく、組織の中で出世できなかったり、権限がなくなったり、情報が回ってくるのが遅くなったり、といった意味で。)
残念ながら格差は拡大しますが、悪いことばかりではなく、世代交代が一気に進むという良い面もあります。

個人や企業だけの話ではなく、地方自治体もまた同じく、ニュー・ノーマルに必死で対応していかないと淘汰されてしまいます。


なぜパチンコ屋ばかりが槍玉に挙げられるのか?

これ、ほんとによく分からないんですよね。私には。

千葉県、休業要請応じない松戸と野田のパチンコ店2店に休業指示 : 国内 : ニュース

千葉県は3日、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための休業要請に応じなかった同県松戸市と野田市のパチンコ店2店に、改正新型インフルエンザ対策特別措置法に基づく休業指示を出した。 県によると、2店は県の要請に対し、「本部

 

為念申し上げますが、私個人的にはパチンコ嫌いです。
あんな業界は滅ぼすべきだと思いますけどね。

パチンコ屋の肩を持つわけでもないし、ましてや業界団体からの政治献金なんてもらってませんよ。そもそも、選挙の時の慣習である「陣中見舞い」以外に、ふだん、政治献金・寄附・カンパなんてもらったことありません。法人からも個人からも。ゼロですゼロ。市町村の議員レベルだとそんなもんです。

 

 

蕨市内のパチンコ屋の営業自粛状況は?

ご支援者の方に、「蕨市内のパチンコ屋は、ちゃんと営業自粛しているのか?」
と聞かれたこともありますが、

「そんなの知りませんよ」
としかお応えできません。

パチンコ屋の風俗営業許可は警察の管轄なので、市がどうこうできるものではなくて、県マターだし。

(実際のところは、既に全店舗が営業自粛したとのことです)

 

 

 

パチンコ屋は三密だけど、三密の業界は他にもある

たしかに、パチンコ屋の店内は、台が密接して設置されているし、よく出る台を求めて客が狭い通路をひっきりなしに歩き回るので、いわゆる三密環境であることは間違いありません。

しかしながら、恒常的に三密状態で、かつ、今でも営業を続けている業界は他にもたくさんありますよね。

飲食店、飲み屋、理美容店、日帰り温泉施設、キャバ類、風俗、など。

 

蕨、戸田界わいの飲食店でも、営業を続けているところと自粛を続けているところはまちまちです。

大手資本のチェーンの中でも、スタバのように自粛しているところもあれば、未だにほぼ平常営業を続けているファミレスもあります。

個人資本の小さなレストランでも、緊急事態宣言発令前後から一ヶ月以上閉めている店もあれば、注意を払った上で営業を継続している店もあります。

 

ふだんのパチンコ屋は確かに三密状態ですが、通路に対面して置かれている台の片方を閉鎖するとか、客を2mおきに座らせるとか、全ての入り口・窓を開け放しておくとかして、三密を防ぐ努力をしようと思えば出来ないことでもありません。

 

 

パチンコ屋が嫌われているからか?

結局のところ、この業界がグレーな業界だと思われていて(そうではなく三店方式は適法であるという反対意見もあります)、密かに忌み嫌われている業界だから、というところではないかと。

いつコロナ禍が収束するのか先が見えない中での、巣ごもり生活のストレス、生活の不安のはけ口として、不幸にもスケープゴートにされてしまったのがパチンコ業界なのだと思います。

 

個人的に嫌うのはもちろん勝手なのですが、マスメディア、ソーシャルメディアでバッシングして吊るし上げ、法を超越して何かを求めるのはいかがなものか。それはスジが違う。

 

 

 

法を改正するべき

このたびのコロナ禍で、欧州諸国と比べても米国と比べても、我が国においては政府の権限が、驚くほど小さいことが明確になりました。

政府が、強制力を持ってお店の営業を中止させたり、個人の外出を制限したりする権限はないし、守らないお店・個人に対しては罰則を与えることも出来ない、ということです。

 

もちろん、お店・個人の自主的な協力によって社会が円滑に回っていくのであれば、これは素晴らしいことです。政府の権限は小さければ小さいほどいい。

でも、今は、現実的に、うまく回っていないわけです。
緊急事態宣言下での一つの目標数値とされている「人と人との接触8割減」は達成できていません。

法を超越して、お店・個人に何かを求めるよりも、法を改正して、政府の権限を強くするのが本筋ではないかと思います。

 

 

休業期間中の営業補償・外出制限時の生活支援の要否は、また別の話です。

 

※追記

「法の改正」と分かりにくく書きましたけど、社会規範は人為的に変えることが出来るものではないので、要するに、憲法と法律を改正すべき、ということです。

法には、
・社会規範、道徳
・憲法、法律、条例、外国との条約、政令、省令、何とか規則・・・等。成文法も不文法も両方含む
があり、社会規範、道徳に頼ることが出来ない以上、成文法を改正するしかないよね、ということです。


「家にいる」ということの意味

新型コロナウイルスの感染拡大防止のために、「家にいよう」ということが唱えられております。

 

これは、もちろん、

  • 自分が感染しないように。
  • 自分が誰かに感染させないように。
    (本人が気づかないうちに感染していて、かつ、発症していない、という場合があり得る)

というのが目的です。

 

 

しかしながら、これに加えて、

  • 外出した結果、万が一、事故・ケガに遭ってしまい、医療リソースを無駄に消費しないように

という目的もあるんですね。

 

 

「他人と接触しなければいい」、
「密閉空間であるクルマで出かけて、ドライブしてくるだけなら大丈夫」、
「人があまりいない山登りなら、問題なし」

と考えがちです。

実は、私もこう思ってました。

しかしながら、外出する以上、どんなに注意深く行動していても、本人の責任に依らない「もらい事故」のようなものもあり得るわけで、事故・ケガのリスクはゼロではないのです。

 

[Flat Track Friday!!] 眼前に迫る “人類が勝たねばならない総力戦” へ、マシンにカバー被せて立ち向かいましょう。#RidersAtHome – LAWRENCE – Motorcycle x Cars + α = Your Life.

“スロットルを閉じ、マシンを降りることで救える命がある” ・・・去る3月31日にFIM: 国際モーターサイクリズム連盟が掲げた、世界的流行を見せるCOVID-19の病渦に対抗する #RidersAtHome という動きをご存知ですか?不謹慎とか自粛とか、そういった観念的な意味合いを超え、プロ・アマを問わず全てのライダーが冷静に受け入れるべき、”今そこにある課題” について思いを巡らせます。 …

たまたまこの記事を読んでいて、はっと気付かされました。

オートバイにぷらっと乗って、どこにも立ち寄らずに帰ってくるだけなら(ガソリンを入れるにしても、セルフスタンドなら他人と接触することはありませんしね)、感染リスクはゼロだから大丈夫だろうと考えがちです。

しかしながら、出かける以上は、事故・ケガに遭う可能性があり、その場合は、医療リソースを無駄に消費してしまうわけですね。

プロのオートバイレースの国際組織である、FIM(国際モーターサイクリズム連盟)は、

私達は、このグローバルなレースに勝たなくてはならない。

スロットルを戻して、バイクを止め、命を守ろう。

明くる日に、再び一緒に走ろう。

と呼びかけています。

#RidersAtHome


アフター・コロナの時代に向けて

9年前の東日本大震災が、日本人の社会の仕組み、価値観を変えたように、このたびのコロナ禍も、社会の仕組み、価値観を変えるでしょう。

 

何としても、このコロナ禍を生き延びて、次の時代に備えたいところですよね。

 

 

カミュの『ペスト』

参考になるかと、今、爆発的に売れているという、カミュの『ペスト』を読んで見ました。

カミュと言えば、大学生の頃に『異邦人』は読んだことありますが、何が何だかさっぱり理解できず、今となっては粗筋も全く覚えておりません。
自分の将来は可能性に満ち溢れている(と、根拠もなく確信している)大学生くらいが読んでも、何が何だかさっぱり理解できなくて当たり前じゃないんでしょうかね?

 

この小説も、まあ、正直言って、新型コロナウイルス対策としては、あまり役には立ちませんね。

そもそも、1940年代に発表されたこの作品において、カミュが描いたペストは、戦争とか貧困とか悪の象徴なんだそうです。特に、WW2の直後であるという時代背景を考えると、否応なく巻き込まれ、それぞれの立場で立ち向かわざるを得ない不条理そのものである戦争を描いたもの、という解釈が主流のようです。ペストの厄災との戦いそのものを描いたわけではなく、ペストを通じて戦争を喩えたわけです。

 

ということで、あまり参考にならなかったこの本ですが、面白いと感じたのは、

・買い占めが発生していない。

・雇用の問題が全く描かれていない。

・経済政策が全く語られていない。

・人種差別、患者・家族差別がない。
(舞台となっている街は、植民地であり、フランス領アルジェリアにある架空の海外県)

という点です。

これは、作者の想像力を超えた部分だったということではなく、そもそも描く必要がなかったのでしょう。

 

登場人物が、それぞれの立場で、様々な考え方でペスト禍と都市閉鎖という不条理に立ち向かっていく姿とその心理描写が中心となっています。

語り部の医師がまったく感染しないという都合のいい設定から推測するに、おそらく、医学的な考証も厳密には為されていないのではあるまいか。

もちろん、戦争という不条理の比喩としてペスト禍を用いただけなのであれば、経済的・政治的な要素を描く必要はなく、厳密な医学的考証も不要なわけですが。

 

そう言えば、設定された舞台となっている街が、アルジェリアにあるフランス海外県であり、(植民地であるにも関わらず)諸々の物資がほぼ自給できている、独立した生態系を持った都市である、という設定も、不自然ではありますね。

 

 

 

1980年代には、「人類は感染症を克服しつつある」と考えられていたらしい

並行して、公衆衛生学の本を幾つか読んでいるのですが、医学・科学の進歩によって、天然痘、結核などを克服した後、「もはや全ての感染症は克服される」と考えられていた時代があったそうです。

その後の経緯は、説明の必要もありませんが、HIV、エボラ出血熱、SARSなど様々な感染症がたびたび流行することになります。

 

本日付け(令和2年、2020年3月29日)読売新聞朝刊では、

[あすへの考]<文明が生む感染症>コロナ、現代的パンデミック…長崎大熱帯医学研究所教授 山本太郎氏 56 : 医療・健康

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山本太郎 長崎大熱帯医学研究所教授(れいわ新選組の人とは同姓同名の別人)によって、

流行するウイルスを選び出し、パンデミックへと性格づけるのは、その時々の社会のあり方ではないかと。
僕たちの社会にはいつも様々なウイルスが入り込もうとしている。たまたま社会がそれに適した状態になっていると、ウイルスが入り込み、わーっと広がっていく。

という考え方が提示されており、HIVは、アフリカのチンパンジーに寄生していたウイルスを食べた人に感染し、当時の植民地政策と近代医学の拡大という社会状況が、感染拡大を促進した、という例が挙げられています。

 

この考え方が真であるならば、今後も、人類は、定期的に流行する感染症と、戦い続けなくてはならず、そのたびにバタバタと人が死んでいくことになります。

 

 

アフター・コロナの時代はどうなるか?

まあ、そんなの分からないのですけど、非体系的に、幾つか箇条書きで、思いつくままに現時点での予想を書いてみますと、

 

 

・世代間の対立が激化する。

世代間は、元々、利害が対立するものです。それを、感情的なレベルでの対立、世代間闘争というレベルにまで激化しないような緩衝装置を設けるのが、政治の一つの役割だと思います。

新型コロナウイルスは、子供・若者は感染しても発症しずらく、発症しても重篤化しにくい一方で、シニア世代は発症しやすく、重篤化しやすい、という非対称性があります。

このたびのコロナ禍への対応の過程で、小中高校は休校を迫られ、勤労世代は緊急ゆえに不十分なインフラ・制度のままリモートワークを迫られる一方で、シニア世代がマスク・トイレットペーパー類の買い占めのために早朝からドラッグストアをハシゴして列に並んで意図せず濃厚接触を行うなど、世代間の利害の対立が明確に浮き彫りになりました。

様々な緊急対応が迫られたため、緩衝装置を設定する余裕がなかったことが理由です。子供、勤労世代に自粛を求めるのであれば、シニア世代にも自粛を(半ば強制的に)求める仕組みが必要でしたがそれを設定する間がありませんでした。

世代間の不満はマグマのように蓄積し、どこかで爆発する危険性があります。

 

 

・宗教の重要性が増す。

ローマ教皇、聖職者らに外出して新型コロナ患者と会うよう呼び掛け

【3月10日 AFP】ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇( Pope Francis )は10日、聖職者らに対し、新型コロナウイルスによって病気になった人々に「会いに行く勇気を持つ」よう呼び掛けた。 【関連記事】バチカン、新型ウイルス初感染発表(3月6日) …

私が今回のコロナ禍の中で、震えるほど感動したのは、ローマ教皇の、カトリック聖職者に対する、「患者に会いに行く勇気を持つように」というお言葉でした。

イタリアは、医療が崩壊して、全ての患者が適切な医療を受けられず、放置されたまま座して死を待つしかない人がたくさんいる状況のようですが、そのような患者にも会いに行き、抱きしめて最後の慰めを与えてあげなさい、ということです。

その結果として、イタリアのカトリック聖職者の新型コロナ感染者数、死者数は激増しているそうです。

私は仏教徒ですので、キリスト教には宗教的な興味はありません。
しかしながら、感染したり、死ぬことを恐れずに宗教家としての使命を全うしようという、ローマ教皇の呼びかけには、危機における宗教の役割を教えられました。

翻って我が国の仏教を省みるに、このコロナ禍において、何か心の慰めとなるようなメッセージを発信したお坊さんがいたでしょうか。
まあ、いないこともないと思いますし、真面目に道を歩んでおられるお坊さんもたくさんいると思いますけど、我が国の堕落した葬式仏教は残念です。

今回のコロナ禍、東日本大震災のようなときに、心の支えになるものは、愛する人の存在や、宗教、あるいは宗教のようなものしかないでしょう。

 

 

・仕事のやり方が劇的に変わる。

一気にリモートワークが進んでいます。
システムインフラも、社内の制度も不十分なまま、必要に迫られてリモートワーク体制に突入した会社も多いでしょう。

しかしながら、意外といけるじゃん?まったく問題なくね?という会社が多いようです。

この流れは、コロナ禍が去った後に、後戻りすることはありません。

リモートワークが進展する結果、会社による従業員への拘束は弱くなり、従来からの流れである、副業・兼業促進がますます進むことでしょう。

 

コロナ対応でのリモートワーク化の流れの中では、大企業と中小零細の違いもはっきりと別れました。

大企業は、人材のレベルも高く、ITインフラも整っていて、リモートワークの実現は容易ですが、中小零細は大変ですよ。

私も零細企業の経営者ですが(今は実質、休眠状態ですが。そして、経営者としての器の小ささを棚に上げて申し上げますが)、社員にリモートワークしてもらうなんて、怖くてできないですよ。

 

ついでにいうと、私は市議会議員なので、市の行政の現場を日々じっくり観察しておりますが、市役所の中というものは、リモートワークの類は全く行われておりません。
このコロナ禍が去った後、この業界にも、リモートワークによる「働き方改革」は大胆に取り入れられていくようになるでしょう。

役所は、窓口業務が多い上に、文書主義のカルチャーがありますが、実は、ネット上の様々なサービスに置換していくことは、意外とカンタンなはずです。
窓口業務の大部分はchatbotに置換できるし、文書主義だって、文書主義のスピリットを変えずにクラウド化する手法は既に幾らでも実現されてますよ。

 

 

・米中対立が激化する。

覇権循環論的に言うと、古いパワーの米国から、新しいパワーのチャイナへと覇権が移りつつあるのが20世紀後半~21世紀前半の今のタイミングで、対立するのは当たり前なのだが、それが今回のコロナ禍への対応で、先鋭化した。

これは、卒論が書けるくらいの大きなテーマなので、細かく書くのは別の機会においいとくとして、我が国は、米国の同盟国であると同時に、チャイナ文明を祖としている面もあるので、覇権の移行において、果たすべき特別な役割があるはず。

できるだけ血が流れる量を少なくするように、我が国にしかできない役割をいかに果たすべきか、我が国の国政レベルの政治家にはしっかり考えてもらいたい。

 

従来の覇権理論では、覇権を握る国家は、

・民主的であること
・オープンであること
・尊敬され、憧れられる存在であること
・強大な経済力を持っていること
・強大な軍事力を持っていること
・ソフトパワーを持っていること(=米国においては、ハリウッド映画、コカコーラ、ディズニーランド、マクドナルド)

が必須の条件とされていた。

 

現今の中共は、

・民主的であること
・オープンであること

を否定したまま、覇権を握る方法を模索するという、歴史上初めての挑戦を試みているわけだが、これは、個人的には、今の時点では、成功する可能性は低いと思う。これが成功してしまうと、人類が営々として築き上げてきた文明の根底が崩れてしまう。予測というよりも、願望ですけど。

 

・東京オリンピック・パラリンピックは大成功する。

まー、楽観的に考えて(根拠はないけど)、今年中にはコロナ禍は収まるのでは?

来年行われる(時期は、今時点では未定だ)では、人類が新型コロナウイルスを克服した象徴として大盛り上がりを見せることだろう。

 

 

・フェイクニュースはなくならない。

ガキの頃(1980年代)の教科書には、オイルショックの時に、トイレットペーパーを買い占めるバカな人たちがたくさんいましたwwwwと書いてあって、授業で大笑いしたものだった。

でも、その頃の世代を笑えない。

マスクがないのは、まあやむなしとしても、トイレペや米が何でなくなるのか?

マスは愚かであって、これからも愚かであり続ける。多くの人が買い占めて、現実的に店頭在庫が払底になってしまい、明日にも困る状況になれば、私もまた、トイレペや米を買うために店頭に並ばなくてはならない。これは誠に悲しい、愚かなパラドクスだ。


明けましておめでとうございます。

新年明けましておめでとうございます。

 

初詣は、元旦に地元の和楽備神社、春日神社と回りましたが、昨日は天気がよく暖かだったので、成年式の後、鹿島神宮と香取神宮に行ってまいりました。

 

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鹿島神宮の楼門。

 

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香取神宮の楼門。

 

帰宅してから、つらつらと鹿島神宮、香取神宮のwikipediaなどをたまたま読んでみたたところ、実は、この二社に加えて、近くに息栖神社という神社があり、「東国三社」として、セットでお参りするのが、ご利益のある定番コースなのだそうです。

これは知りませんでした。

神栖のパワースポット 息栖神社|神栖市観光協会 公式ホームページ

地上を治めていたオオクニヌシは、それまで天界からの遣いの神たちを巧みにかわし、 国譲りの話をうやむやにしてきたのだが、業を煮やしたアマテラスは、武神として名高いタケミカヅチを派遣する。 これには、オオクニヌシも従うのだが、次男のタテミナカタが反抗する。 しかし、タケミカヅチの力は強く、タテミナカタは諏訪までおいつめられ、そこで祭神となる。 …

カシマン、カトリーヌと比べると社格は下で、規模も小さいようですが、ここにも立ち寄ればよかったと悔やみました。

まだまだ知らないことも、行ったことがない場所もたくさんありますので、本年、令和二年は、更に見聞を広め、様々な場所を訪れたいと思います。

 

 

 

さて、新年会シーズンなので、数日おきくらいの頻度でこの種のイベントが続いております。

本年もどうぞよろしくお願いします。

 

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蕨市の賀詞交歓会。

 

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蕨市商工会議所の賀詞交歓会。


中曽根康弘元首相がお亡くなりになりました。

中曽根康弘元首相が101歳で死去 国鉄民営化進める:朝日新聞デジタル

「戦後政治の総決算」を掲げ、5年間にわたる長期政権で国鉄分割民営化などに取り組み、原発政策や憲法改正論議にも大きな影響を与えた中曽根康弘元首相が死去した。101歳だった。  1918年、群馬県生まれ。東大卒。旧内務省に入り、海軍主計少佐を経て、47年に旧群馬3区から衆院初当選。当選20回は戦後最多。科学技術、運輸、防衛、通産、行政管理各省庁の大臣・長官、自民党幹事長、総務会長を歴任した。 …

101歳の大往生とのことです。

邪悪な共産主義と命がけで戦い、自由世界を勝利に導いた偉大な冷戦の闘士のご冥福をお祈り申し上げます。

私もまた、自分の持ち場である蕨市において、人類の幸福と、文明を守るために、邪悪な共産主義と命がけで戦う所存です。

 

中曽根元首相は、若き内務官僚時代に短現士官として帝国海軍に出向し、青葉の主計を務められました。

青葉進水式の斧

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青葉の大正15年進水式における支綱切断斧。
呉の大和ミュージアムにて。
今でもとてもきれいに保存されています。

ワレ、アヲバ、ワレ、アヲバ!