県北を流れる見沼代用水

蕨市内を流れる見沼代用水は、本来は農業用水です。

利根川の、行田市内の堰から水を引いて、埼玉県を北から南へ縦断して流れていきます。

 

先日、令和6年(2024年)2月16日、県北地域を訪れた際、たまたま地図上に「見沼代用水」の名前を見つけたので、ちょっと大回りして立ち寄ってみました。

 

見沼代用水(久喜市内)

久喜市内の、久喜市しょうぶ会館の横にて。

見沼代用水は、こんなにも水量が豊かなんですね。

恵みの農業用水です。

これが、見沼代用水のメインルート(本流)です。

まったく曲がりくねっておらず、まっすぐに流れている様子から、人工物であることが分かります。

 

見沼代用水(久喜市内)

フェンスで囲まれています。

 

見沼代用水(久喜市内)

管理者は、独立行政法人 水資源機構と、見沼代用水土地改良区。

この2団体の関係性については、調べたものの、今ひとつよく分からず。

 

 

こんなにも水量が豊富な、恵みの農業用水が、支流に分かれ、末端の蕨市に至ると、あんなにも汚く、ヘドロや不法投棄ゴミが堆積し、水量は減ってほとんど流れなくなり、夏になると悪臭を放つようになってしまうのですね。

 

 

20170306_見沼代用水_蕨市錦町付近

2017年3月の見沼代用水。
蕨市錦町、春日公園の横にて。

 

 

20230706 蕨市内の見沼代用水

2023年7月の見沼代用水。
上記写真の、橋を挟んで反対側。

 

昨年(2023年)7月のこちらの記事で書いた通り、見沼代用水土地改良区では、末端の支流については、地元自治体に対して払い下げを進める動きがあります。
こちらについては、詳細決まり次第レポーティング致します。


埼玉県茶業研究所

蕨市にはもちろん茶畑はまったく無いのですが、実は、お茶は、埼玉県の名産なのです。

入間市、狭山市、所沢市辺りに茶畑が集積しており、狭山茶ブランドは広く確立しています。

品種改良、栽培・製茶の技術開発・普及指導のために、埼玉県では、茶業研究所があります。

しかも、そろそろ開業100年を迎えます。そんなに昔から、埼玉県ではお茶の研究を行っていたんですね。

 

 

こんな研究機関があるなんて知りませんでした。

このたび、埼玉県議会の狭山茶振興議員連盟にて、茶業研究所の見学に行って参りました。

 

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茶業研究所。

圏央道入間ICの近く。
蕨からは、外環 – 関越 – 圏央道を乗り継いで、クルマで一時間強くらいです。
この辺りは、一面が茶畑です。

 

なお、茶の木は、苗木を植えてから成長して、茶葉が収穫できるようになるまでに、8年かかるとのこと。

上記写真の中で、手前の畝が、1年目です。

成長した後は、毎年2回収穫できます。
4~50年経って、徐々に収量が減ってきたら植え替えます。

 

 

狭山茶の歴史

鎌倉時代
禅宗の僧 栄西によって我が国に伝えられました。

江戸時代
この地域で広く生産されていたわけではなく、寺の敷地内で、薬のような用途で作られていた程度だったとのことです。

明治時代
米国に輸出するための農業産品として、この地域で生産が始まったそうです。
横浜港から出荷して、一時は輸出品として隆盛を極めたのですが、間もなく、米国への輸出は廃れてしまいました。
理由は不明ですが、米国人の嗜好の変化が背景にあるのかな?
今日においては、米国人が日本茶を好んで飲むようなイメージはありませんが、明治時代はよく飲まれたようですね。

大正時代以降
我が国の庶民が日常的にお茶を口にするようになったのは、大正時代以降のようですね。
この頃から、狭山茶は内需向けに生産するようになりました。


日本人の日本茶消費量は減っている。

全国茶生産団体連合会のこちらのwebページを見ると、平成21年(2009年)ころを境に、減少トレンドにあります。
紅茶の消費量は横ばいトレンドですが、烏龍茶の消費量も同じように平成21年ころから減少トレンドです。
平成21年というと、リーマンショックがあった年ですが、この頃にいったい何があったのでしょうか?

 

 

入間、狭山、所沢周辺に茶業が集積した理由

この地域の土壌が、水はけが良さ過ぎて、稲作に向いていなかったため。

 

 

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畝ごとに異なる品種が植えられています。

昔の茶畑の畝は、上辺が緩やかなカーブを描く「かまぼこ型」でした。
今は、コンバインのような、人が乗り込むタイプの収穫マシンで収穫作業を行うのに最適化するため、上辺は直線となっていることが多いようです。

 

 

茶の品種改良

地球環境の変化によって温暖化が進んでいるわけですが、気候変化に対応した品種を開発することも、この茶業研究所のミッションの一つです。

お茶は嗜好品なので、時代によって求められる品種は変わってくるが、普遍的な要素は、

・たくさん収穫できること。

・寒さに強いこと。

 

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もしゃもしゃに枝が生えているのが、品種改良のための母樹。

この木から種子をとって、品種改良の研究を行います。

種子採取の段階から、品種登録まで、一つの品種を開発するのに、35年以上かかるそうです。

 

こんなに長い期間だと、一人の研究者が、自らのキャリアの中で最初から最後まで手掛けることは出来ません。

昔の先輩研究者が採取してくれた種子を引き継いで研究し、また、今日採取した種子は、これから入所してくる未来の研究者に引き継いでいく、のだそうです。

ロマンティックですね。

 

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説明を聞いているところ。

 

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研究所施設ロビーの展示物。

かなり古い建物です。

 

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ほうじ茶の品評をしているところ。

お茶は、香り、味だけではなく、見た目、色も重要な要素です。

自然光を取り入れてお茶の品評ができるようになっています。

 

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明治時代に米国向けに輸出して頃のパッケージ。

 

 

 

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ほうじ茶。


緑川拡幅工事用地が、透水性舗装になる

蕨市内を、塚越から南町にかけて流れていく緑川については、昨年 令和5年(2023年)11月に、地元の各町会長、地元の蕨市議会議員、県土整備事務所、蕨市道路公園課の方々とともに緑川に沿って歩き、課題や要望を共有したところです。

緑川拡幅工事は、平成10年(1998年)にストップしています。

しかしながら、これ以前に買収済みの土地は確保され続けていますし、平成10年以降も土地所有者から申し出があれば交渉の上で県が買い取る手続きを行っています。

 

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例えば、ここがその拡幅用地。
昨年11月時点。

塚越5丁目の丁張稲荷公園付近です。
(左後ろの木々が、丁張稲荷の敷地です)

後ろ姿は、岡田三喜男 蕨市議会議員(保守系会派:新翔会)

 

 

この時点では、フェンスで囲まれた拡幅用地は、雑草が生えてくることを予防するために、雑草防止シートで覆われていました。

雑草防止シートは完璧ではなく、シートの隙間から雑草が生えてきますし、枯れ草がかなり繁茂していました。

 

 

その後、雑草防止シートから、浸透性舗装への張り替え工事が進められました。

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本年 令和6年(2024年)1月時点。

上記写真と同じ場所(別の角度から)。

浸透性舗装が、くろぐろと光り輝いています。

 

 

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同じく塚越5丁目の、別の場所。

 

 

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こちらは、南町3丁目5番地の、三和橋の角。

看板には「ここは河川用地です」と書いてあります。

この土地は、以前は、雑草防止シートすら設置されておらず、草ぼうぼうでした。

 

 

定期的に雑草の刈り取り作業を行うコストを考えたら、いっそのこと舗装してしまった方が安上がりだ、という判断なのでしょう。


緑川に沿って歩き、課題や要望を共有するツアー

蕨市内を、塚越から南町にかけて、北から南へ縦断して流れる川、緑川の水害対策について、来年、令和6年(2024年)2月の県議会一般質問で取り上げる予定です。

この度、

令和5年(2023年)11月10日、川に沿って歩きながら、課題や要望、過去の大雨の時の事例などをわいわい話し合おう、というイベントを行いました。

 

参加者は、

流域の地元町会(塚越6丁目、塚越7丁目、塚越5丁目、南町3丁目町会の町会長・防災担当役員など)
蕨市議会の保守系会派:新翔会議員、公明党蕨市議団議員
埼玉県 さいたま県土整備事務所河川部の幹部職員
蕨市 都市整備部 道路公園課の幹部職員

の方々でした。
ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。

 

参加者皆様には、課題や要望のナマ声が共有できて有意義だった、という感想をいただきました。

私としては、冒頭に述べた来年2月の一般質問のみならず、今後の県議会活動に活かして参る所存です。

蕨市議会においても、それぞれの市議会議員各位におかれましては、議会活動に活かしていただけると幸甚に存じます。

 

 

緑川の概要

長さ4.75km、荒川水系の一級河川。

川の戸籍上は、川口市前川を起点に、蕨市・戸田市・川口市を南下して、菖蒲川に注ぎ込み、その菖蒲川はやがて荒川に合流する、という流れとなっています。

江戸時代~昭和初期に、六ヶ村用水という名の灌漑用水として人工的に作られました。

 

 

ここで、便宜上、「川の戸籍」と書きましたが、役所の管理上の川の流れと、実際の川の水の流れは異なります。

以下に見るように、「緑川の起点」と言っても、実際にそこで水が湧き出ているわけではなく、さらに上流に水の流れは続いておりました。
また、「戸籍上の緑川」の途中で、水の流れは分断されている箇所もありました。

 

 

緑川の管理者

埼玉県です。

埼玉県 県土整備部には、12の県土整備事務所という、出先機関があり、それぞれの県内地域に所在しています。

さいたま県土整備事務所が、蕨市・さいたま市・川口市・戸田市を管轄しています。

但し、さいたま市は政令指定都市なので、道路は市が管理しています。市内河川のみ、さいたま県土の整備事務所が管理しています。

 

 

緑川の管理者が、埼玉県 さいたま県土整備事務所であることは分かったけど、それでは、市道と河川の境目のフェンス等は、どちらが管理しているのか?

この点が、よく分からないんですよねー。

質問してみても「それは協議の上で・・・」みたいな感じで、明確な回答が返ってこない感じでした。

 

 

緑川の拡幅計画の進捗

氾濫対策として、下流域を拡幅するための事業計画が、昭和の時代に決定しています。

しかしながら、昭和40年代に戸田市において反対運動が起こり、事業休止しています。
(あくまでも休止であって、撤回・廃止ではありません)

近年、平成後期になって、戸田市においても住民の考えが変わり、再開を要望する声が高まっています。
今の時点では、「休止」の状態が続いています。

 

ざっくりした流れは、以上のようになります。

この当たりは、別途詳しく調べたいと思います。

昭和40年代なんて、まだ紙媒体の時代だったので、ネットでサーチ出来ないので、調べるのが大変なんですよ。

 

 

緑川全図

緑川説明図1

本稿の地図データは、全て、

Geoshapeリポジトリ – 地理形状データ共有サイト | ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター (CODH)

より。オープンデータです。

 

 

益子病院 南東角の中田橋からスタート

益子病院(川口市)の南東角に位置する、中田橋が、蕨市と川口市の市境となっています。

川口市から流れてきた緑川は、ここで、蕨市に入りました。

今回のツアーは、ここからスタート致します。

 

 

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中田橋の南側より、中田橋を望む。
写真奥(橋の先の方)が川口市であり、緑川の上流部です。

橋の下は、自然な水の流れとはなっておらず、金属製パイプを介して水が流れてきています。

標高が、下流部(写真手前側)の方が高いために、このような仕組みになっています。

ある程度の量の河川水が溜まったところで、間欠泉のようにぶしゅっと水が吹き出すように流れてきます。

中田橋の上流部は、遊歩道のように整備されており、水質もきれいですが、中田橋の下をくぐって出てきた水は、茶色く淀んで汚らしくなっています。

中田橋の左右にも、緑川に流入してくる別の水の流れがあり、雑排水が流れ込んでいるようです。

 

 

産業道路(県道35号 川口上尾線)を斜めに横切ってくぐる

「下をくぐる」というのは、要するに、橋ということなんですけど、通行するクルマの方は、橋であることに気が付かないかもしれません。

道路は舗装の継ぎ目すらありません。

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ところが、よく見ると、舗装に斜めにヒビが入っています。

このヒビが、橋と、道路の根本との、継ぎ目です。

地元町会長曰く、よくヒビが入るとのこと。

 

 

尚、産業道路は県道なので、緑川と同じく、埼玉県 さいたま県土整備事務所が管理しています。

県土整備事務所の中は、ざっくり道路系と河川系の部署に分かれているのです。

それでは、緑川と産業道路が交差する、この橋の部分は、道路系と河川系のどちらが管理しているのかな?

それは、道路系部署です。
橋は、河川ではなく、道路の所属です。

 

 

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大雨のときに、道路上に水が溜まりやすい箇所があり、道路から緑川に向かって雨水を排水できる小さな排水口が設置されています。

地元町会長が、直接、さいたま県土整備事務所に要望して、付けてもらったとのこと。

逆に、緑川の水量がいっぱいになった時には、道路側に水が流れてこないように、逆止弁が付いているとのこと。

 

 

塚越地区の水害の被害状況

産業道路を渡って、塚越6丁目町会会館の脇へ。

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このように、緑川に対して流れ込む土管が幾つも設けられています。直径20cmくらいから、5cmくらいまで、太さはまちまちです。

上の写真のように、しばらく水が流れが途絶えているのか、雑草が生えて詰まっているようなパイプもあります。

おそらく雑排水が流れ込むパイプなのだろうが、それぞれがどこからどのように流れているのかは、県土整備事務所でもいちいち全ては把握していないようでした。

 

 

この塚越地区では、大雨の時に、川の天端ギリギリまで水面が上がってくることは、しばしばあるとのこと。

溢れて越水することもたまにある、と。

しかしながら、元々それほど太い川ではないために、越水したところで大した水量ではなく、道路の表面が冠水する程度で、家屋に被害を及ぼすほどではないとのことです。

 

 

腐食した鋼矢板の改修工事

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ただ今、改修工事が行われています。

緑色のパイプで、水の流れをバイパスさせています。
この区間を乾燥させてから工事を行う、という仕組みのようです。

 

 

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こちらが、改修工事前の状態。

緑川の横面は、波打った鉄板が、川の表面から道路に対して潜り込むようにして設置されています。
これが、鋼矢板。

この鋼矢板が腐食してきており、これを改修する工事を行っています。

これが壊れてしまったら、上部の道路にも影響が及びかねません。

 

 

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こちらが、改修工事後の状態。

コンクリで補強されています。
その分、川が狭くなってしまっています。

 

 

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緑色パイプによって水の流れをパイパスさせ、ドライ化している区間。

川底に捨てられていた自転車でしょうか。
あり得ないくらいぐにぐににねじ曲がっています。

 

 

川を囲むフェンス問題

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塚越地区の緑川のほとんどの区間が、このような緑色のフェンスで覆われています。

目が詰まっている網なので、子どもの目線の高さでは、角度によってはフェンスの先が見通しづらくなっています。

(例えば、この写真では、川の左側はフェンスの向こう側は透けてよく見えますが、川の右側はよく見えません。)

緑川に面して小学校、中学校、高校もあり、通学路となっているために、たいそう危険です。

 

 

そもそも、フェンスを取り払って、蓋をして、暗渠化すればいいのでは?

→ここは川なので、川はオープンが原則だ、とのことです。
世の中にある多くの暗渠は、川ではなく下水です。
下水ならば暗渠化することも可能ですが、川である以上、オープンであるべきだ、というのが河川管理者の発想です。

なるほど、そういうものなのか。

 

 

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川の左右両岸に沿って、それぞれ一方通行の道路が走っています。
川に橋が掛けられている箇所。

このような箇所は、交通安全上、見通しが悪い緑色フェンスだと危険です。

上記写真においては、交差点付近のみ、目の荒い、白色フェンスに付け替えられています。

 

 

過去に、市と県との話し合いの中で、このような付け替え工事が行われたようどえす。

 

確かに、目が荒い分だけ、見通しが良くなりますので、道路交通の上では安全ですね。

しかしながら、目が荒いが故に、子どもが登ったりしやすいために、子どもの安全という観点では、別の危険があるとのことです。

 

 

拡幅工事の予定地

塚越5丁目へ。

この辺りから、休止中の緑川拡幅工事のための買収済みの用地が現れてきます。

今現在、事業休止中のため、県としては、積極的な用地買収は一切行っていません。

地主から、買い取ってほしい旨の交渉要望があれば、交渉を行い、買い取る場合もある、とのことです。現実的には、金額面で折り合いがつかずに合意に至らないこともあるようです。

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写真の左手奥の木々の敷地が、丁張稲荷公園。

緑色の雑草防止シートをかけ、黒フェンスで覆われた区画が、買収済みの敷地です。

雑草防止シートをかけているといえども、夏には隙間からかなりの量の雑草が生えてきてしまうとのことで、この11月という季節にも、枯れた雑草の姿が残っています。

さいたま県土整備事務所としては、今後、雑草防止のために、浸透性舗装工事を行っていく、とのことでした。

 

 

このような買収済み敷地については、上記写真のように空き地となっているところもあれば、市に貸し出した上で、ちびっこ広場として供されているものもあります。

(蕨市におけるちびっこ広場とは、都市公園法上の公園ではないものの、事実上、公園と同じように提供されているものです)

 

 

事業休止している以上、空き地にしておくのはもったいないし、事業再開まで(いつになるか分からないが)の間、ちびっこ広場にするなり、コインパーキングにして小銭を稼ぐなりしておけばいいのでは?という気もしますが、

県としては、積極的に何かに利用する考えはないようです。

ちびっこ広場にするにしろ、コインパーキングにするにしろ、隣接・近隣の民家の住民の理解が得られることが大前提かな、とも思います。

 

 

塚越5丁目町会では、年に2回、自主的に掃除している

本来であれば、管理者は県であって、県が適切に浚渫するのがスジではあるのですが、地元の方々が、自主的にきれいにしているとのことでした。

次は、12月のゴミゼロの時にやる予定とのこと。

12月の寒い時期に、川に入って掃除するのは大変なことと思いますが、夏は夏で臭気があるのでもっと大変だ、とのことでした。

 

 

水面に生える菖蒲

JR京浜東北線・高崎線をくぐって、南町3丁目へ。

川は、線路をくぐり抜けていきますが、人は、大回りして跨線橋を渡って行くことになります。

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蕨一中の東南側。

ここまでくると、川幅はかなり広くなります。

川底はコンクリではなく、土です。
蕨一中の校庭の砂が、多少は流れ込んでしまっているようです。

 

この辺りも、川の天端ぎりぎりまで水がいっぱいになることは、しばしばあるようです。

川の天端よりも、周辺の民地の方がかなり標高が低くなっており、越水して道路冠水することもあるようです。
民家の被害状況については正確には分かりませんでしたが、この緑川沿いはそれほど大きな被害は過去には生じていないようです。

 

 

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埼玉県道110号 川口蕨線にかかる三和橋を越えて、更に下流へ。

この区間には、菖蒲が大量に繁茂しています。
南町3丁目町会の長老が、2,30年前に、水質改善のために植えたものが繁殖した、とのこと。ある程度の効果は上がったとのことです。

今は11月なので、それほどもしゃもしゃ生えている、という感じではありませんが、夏には、かなり大量に繁茂して、水の流れを阻害するほどになってしまっており、菖蒲を撤去してほしい、という要望の声も近隣から上がっていました。

市から県に要望し、県土整備事務所では、今年度中に、菖蒲ごと川底を浚渫する工事を行う予定です。

 

 

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南町桜並木の暗渠からの流れが、緑川に合流する地点。

桜並木の暗渠は、河川ではなく下水道であり、蕨市が管理しています。
こちらはしばしば氾濫するようです。
この地域の下水道は合流式なので、ひとたび溢れると、かなり汚い水が道路や民地に流れ出てしまいます。
昔は、トイレットペーパーがプカプカ流れている姿を見た、といったこともあったようです。

 

合流式下水道では、雨水と汚水(お風呂、台所、トイレから流れ出てくる水)が混ざり合って一緒に処理されています。

大雨のときには、下水処理設備の処理能力を超えると、処理せずにそのまま川に放出される仕組みです。

最近は、全くそのままという訳ではなく、大きなゴミは取り除く程度の、簡易なろ過は行われているようですので、「トイレットペーパーがプカプカ」ということは今日においては無いのではないでしょうか。

 

 

これにて、緑川を歩くツアーは終わり。

お疲れ様でした。

 

 

緑川拡幅工事再開に向けて、蕨市民の声

今日においても、川の天端ギリギリまで水量が上がることは多く、越水して道路・民地が冠水することもしばしばあります。

近年の気候変動による大雨の増加を考えると、拡幅工事を進めてほしい、というのが、ほぼすべての方の意見であります。
少なくとも、近隣町会の役員レベルの方々は、概ねそのように考えています。

しかしながら、個別に一軒一軒の家を訪ねて意見を聞いてみたわけではありませんが、拡幅工事の用地買収の対象地に家を建てて住んでいる人の中には、反対する方もいるでしょう。

古い家ばかりではなく、ここ10年以内くらいに建ったと思われる、新しい物件もありました。

 

 

下流の戸田市

別の日に、緑川下流の戸田市を一人で歩きました。

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戸田市喜沢2丁目。

堤防補強工事が行われていました。

 

 

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拡幅工事のために買収済みの敷地。

 

 

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同じ土地を別の角度から。

川のフェンスに物干し竿のスタンドをくくりつけている、のどかな風景。

 

 

上流の川口市

このたびのツアー出発地である中田橋の上流を、一人で歩きました。

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ちょっとした遊歩道のようになっており、ちょうど草刈り作業中でした。

この辺りは、水質はきれいです。

 

 

緑川説明図3

更に上流へ。

緑川と堅川が十文字に交差する地点。

 

川がクロスする、という状態は、素人には分かりにくいものです。
川っていうのは、下流に流れていくに従って、幾つもの川が合流して、流れが太くなっていくものなのではないの?

 

昔は、緑川と堅川は伏せ越し、つまり、一方の川が他方の川をくぐり抜ける仕組みになっていました。

今は改修され、流れが混ざり合っています。

水の流れは、上図のようになっています。

 

 

緑川の上流から流れてきた水は、全て竪川に流れ込んでいます。
つまり、緑川の流れは、緑川浄化施設を境に、完全に分断されています。

緑川は、戸籍上は、緑川浄化施設の上部と下部では一つのものなのですが、水の流れはまったく別モノです。

 

 

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緑川浄化施設

上流から撮影したものですが、水の流れは、手前に向かって、つまり上流に向かって流れ、堅川に合流しています。

川の水が、下流から上流に向かって流れているなんて、なんとも不思議な感じがします。

 

 

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写真右側が、堅川の上流部。
写真奥が、緑川の下流部。その先が緑川浄化施設です。上述のように、水は手前に向かって(上流に向かって)流れてきています。

 

 

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緑川浄化施設の排出部。

水はここから左右に分かれ(いや、上下に分かれ、と言うべきか)、それぞれ、上流と下流に向かって流れていきます。

そもそも、この浄化施設の水は、元はどこから取水したのか?
水の流れがよく分からず。

 

 

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写真奥が、堅川の上流部。
写真右側が、緑川の上流部。

 

 

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堅前橋ポンプ場

これは埼玉県ではなく、川口市の施設ですが、どのような役割を果たしているのか、よく分からず。

別途調べてみます。

 

 

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堅前橋ポンプ場と、竪川。
川の流れは、写真では、右から左へ。

竪川の横面に、ポンプ場の取水口が見えますが、水面が取水口よりも下にあります。
この水量では取水できませんね。

 

 

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竪川下流部。

ここも汚いですね。

 

 

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緑川を更に上流へ。

イオンモール川口前川の西側辺り。

 

川表はコンクリで固められていますが、隙間から雑草が生え、川面にはゴミが流れています。

 

 

緑川説明図2

上記地図の、青色が交差する地点が、緑川の戸籍上の起点です。

 

 

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ここが起点。

住宅街です。

 

 

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緑川は再び細くなっていますが、水量は豊かです。

 

 

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緑川起点から、西側の水の流れ。

 

緑川の起点と行っても、泉があって水が湧き出ているわけではありません。

起点の上流は三方に分かれ、別の川に繋がっています。

これもまた、昔の六ヶ村用水の一つなのでしょうか。

 

 

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緑川起点から、北側の水の流れ。


茨城県・福島県沿岸部の豪雨災害被災地を訪問

本年、令和5年(2023年)9月8日から9日にかけて、茨城県・福島県沿岸の大雨は、大規模な被害をもたらしました。
お亡くなりになった方のご冥福をお祈り申し上げます。
被災した方々を衷心よりお見舞い申し上げます。

 

マスメディアの報道によると「台風13号による大雨」あるいは「線状降水帯による大雨」と、表記の揺れが見られます。

私の理解によると、台風と線状降水帯は、気象学的にはまったく別個の現象のはずです。
このあたりは、これから詳しく分析されていくものと思います。

 

9月10日、現地の被災状況を視察して参りました。

 

 

日立市河原小地区

沿岸に近い地域です。
海には、小さな漁港と海水浴場がありますが、漁業や観光の街という感じではないですね。住宅が密集した、住宅街です。

 

20230910 日立市河原小町

地域全域が水没したわけではなさそうです。

川の近くの、ごく一部の地域が水没したようで、道路は土砂が堆積していました。

 

20230910 日立市河原小町

橋のたもと部分の車道、川に沿った歩道のアスファルトが激しく削られてしまっています。

 

20230910 日立市河原小町

同じ位置から、カメラを右側(川側)にパンして撮影したもの。

氾濫したのは、こんな川です。

堤防もありませんし、川の敷地にすぐ隣接して民家が立ち並んでいます。

 

20230910 日立市河原小町

泥水を被った畳が、路上に山積みになっていました。

泥水に浸水すると、基本的には乾かしてももう使えません。

 

20230910 日立市河原小町

災害ゴミが野積みになっています。

 

20230910 日立市河原小町

エアコンの室外機が冠水したようです。
家屋の壁面には、泥の後がついていません。

この地域は、全体的に、泥の量がそれほど多くないのですよ。

つまり、川が氾濫して流れ出た水は、それほど土砂を含んでいなかったのではないかと予想します。

上流部で土砂崩れが起きたわけではなく、純粋に、河川が氾濫しただけ、ということのようです。

 

20230910 日立市河原小町

この川のちょっと上流部。

せいぜいこんな川。

 

水害は、
・内水氾濫(都市型水害、マンホールやドブが溢れるなど)
・外水氾濫(河川の氾濫、いわゆる洪水)

の2種類に分類されるのですが、これは河川の氾濫なので、外水氾濫ですね。

 

日立市河原子町ハザードマップ外水

日立市ハザードマップ 洪水浸水想定区域(2023年9月時点)

河川の氾濫はまったく想定されていなかったことが分かります。

 

日立市河原子町ハザードマップ内水

日立市ハザードマップ 内水浸水想定区域(2023年9月時点)

川の氾濫と言うよりも、川に沿ったごく一部の雨水排水機能がキャパオーバになることが想定されていました。

注意書きには、以下のように書いてあります。

想定最大規模降雨(1000年に1度の雨)により、既存の排水施設で処理しきれない内水が氾濫した場合に、想定される浸水区域及び水深を表示しています。
※「水防法」に基づくものではありません。

上の、橋のたもとのアスファルトがえぐれた部分は、黄色(0.5m-1.0m未満)になっています。

今回の雨量は、千年に一度クラスだったということですね。

 

 

 

日立市役所

TV報道では、呆然とした表情の市職員達がバケツリレーをして泥水をかき出す映像が流れていました。

日立市では、東日本大震災によって被災した市庁舎を、災害に強い建物に建て直したはずなのに、その新庁舎が被災してしまった、ということです。

災害に強い新庁舎をまさに今建設中で、竣工間近に控えている蕨市民としては、ショッキングでしたね。

 

20230910 日立市役所

日立市役所の全景。

上流部(山側)から望む。

建物手前の駐車場から道路にかけて、一面が水没したようで、土砂が堆積しています。

 

20230910 日立市役所

拡大したところ。

小さな2つの川が、市庁舎敷地の上部(山側)にて合流しています。

 

20230910 日立市役所

ここが氾濫した地点のようです。

2つの川が合流した後、この川は、上記写真の左端に写っているように、暗渠に流れていきます。

川の水面から、天端までは2-3mくらいありますが、堤防はありません。
人やクルマの落下防止のフェンスが設けられていたのみです。

 

20230910 日立市役所

上記の位置から、カメラを上流部(山側)にパンさせて撮影した写真。

数沢川。

写真左側(川の右岸)の建物は、日立メディカルセンター看護専門学校の校舎。
写真右側(川の左岸)の建物は、google mapには情報が載っていないのですが、校舎か寮か何かのような造りです。

さらに川の上流は、街区が整った住宅街です。

市庁舎の上流部には、氾濫した形跡はありませんでした。

氾濫したのは、あくまでも、市庁舎の真上地点のみだったようです。

 

20230910 日立市役所

市職員が泥をかき出したり、濡れたものを干したりしていました。

 

20230910 日立市役所

移動式ポンプで排水している。

まだ地下フロアの浸水は続いていたようです。

 

市庁舎が冠水した後、日立市の災害対策本部は、消防本部に移されたそうです。

この地域で停電が発生したわけではないようですが、地下に配置された受電設備、非常用発電装置が浸水し、市庁舎は停電したそうです。

地下に電気関係の設備を置いてはいけない、ということですね。

 

日立市役所ハザードマップ内水

日立市ハザードマップ 内水浸水想定区域(2023年9月時点)

浸水がまったくの想定外ではなかった、ということが分かります。

今回の電源喪失は、想定外ではなく、想定内の出来事だった、ということですね。

 

20230910 日立市役所

市庁舎近くの、国道6号の歩道。
歩いて、消防本部へ。

 

20230910 日立市消防本部

市庁舎から、国道6号を挟んで斜め向かいに位置する、日立市消防本部。

かなりゆったりした造りの建物です。
敷地は広く、公園を兼ねた芝生が市民の憩いの場となっており、昼寝すると気持ちよさそうでした。

 

20230910 日立市消防本部

日立市消防本部の近く。

宮田川。

川がカーブする箇所で、外側が削れてしまったようです。

 

 

日立市白銀町地区

上記の、消防本部のすぐ脇を流れる宮田川を遡り、白銀町地区へ。

 

20230910 日立市白銀町

宮田川は、この白銀町地区では、局地的に氾濫したようです。

 

20230910 日立市白銀町 日立武道館

日立武道館。

大正6年、日立鉱山の福利厚生施設として建てられ、後に日立市に寄贈され、今は武道館として用いられています。

駐車場が災害ゴミ置き場となっていました。

 

 

いわき市 内郷白水町

再び常磐自動車道に乗って更に北上し、福島県いわき市へ。

 

20230910 いわき市内郷白水町

新川にかかる橋。

 

水没したクルマをレッカー移動していました。

川には、大量の木々が引っかかっています。

 

20230910 いわき市内郷白水町

この川は、堤防はありません。

川に沿った人家は全面的に床上浸水したようで、泥をかき出したり、家財道具を干したりしていました。

 

20230910 いわき市内郷白水町

折り重なったクルマ。

 

20230910 いわき市内郷白水町

橋に引っかかった木々。

 

20230910 いわき市内郷白水町

道路上を覆い尽くした土砂はまだ濡れており、ぬるぬるして滑ります。

 

20230910 いわき市内郷白水町

路面が乾いた箇所では、土埃が凄まじく、クルマが通るたびにもうもうと巻き上げられます。

 

それでは、この新川にかかる橋を中心とした、いわき市内郷白水町のハザードマップを見てみましょう。

いわき市内郷白水町ハザードマップ土砂災害

国土交通省 重ねるハザードマップ いわき市内郷白水町 土砂災害(2023年9月時点)

川に沿った谷筋の集落だけに、土砂災害の危険性は指摘されていました。

 

いわき市内郷白水町ハザードマップ洪水

国土交通省 重ねるハザードマップ いわき市内郷白水町 洪水(2023年9月時点)

しかしながら、新川が氾濫する可能性は、まったくの想定外だったようです。

堤防もないし、まさかこの川が氾濫するはずがない、と近隣住民は安心していたのではないでしょうか。

 

20230910 いわき市内郷白水町

同じ川の、少し下流部に移動したところ。

この辺りは、氾濫していません。

 

しかしながら、クルマから降りると、すさまじい異臭がしました。

腐敗臭と違う。
どちらかと言うと、排泄物の臭いに近い。
しかし、おそらく、排泄物そのものではない。

よく、土砂崩れの前触れ現象の一つとして「異臭がすることがある」と言われるが、その類だったのではないでしょうか。

 

 

水没した白水阿弥陀堂

以前に行ったことはなく、初めて訪れました。

平安末期に建てられた、国宝指定の建物です。
池水浄土庭園の奥に阿弥陀堂があります。

 

20230910 いわき市 水没した白水阿弥陀堂

浄土庭園は泥水で濁っていました。

 

20230910 いわき市 水没した白水阿弥陀堂

阿弥陀堂は水没しています。

 

いわき市白水阿弥陀堂ハザードマップ洪水

国土交通省 重ねるハザードマップ 白水阿弥陀堂 洪水(2023年9月時点)

5.0-10mの浸水が想定されていました。

標高が低いようですね。

 

 

いわき市 内郷宮町

少し北上して、内郷宮町地区へ。

内郷第二中学校では午後11時頃に体育館の床上が浸水したため、避難者の受け入れを停止した。4世帯6人がステージ上に移ったという。

避難所が床上浸水って、やばいですね。

 

20230910 いわき市立内郷第二中学校

内郷第二中学校

敷地内に入るのは遠慮しました。

 

20230910 いわき市立内郷第二中学校

敷地内は災害ゴミ置き場になっていました。

床上浸水した体育館。
決して、川に隣接しているわけでも、この集落の中で特別に低い位置にあるわけでもありません。

 

20230910 いわき市内郷宮町

避難所である中学校体育館が床上浸水したくらいですから、この地域一帯が全面的に床上浸水したようです。

 

20230910 いわき市立宮小学校

いわき市立宮小学校。

川から溢れた水・浮遊物が道路上を流れ、フェンスを押し倒したようです。

 

20230910 いわき市立宮小学校

同じく、宮小学校。

流れてきたクルマが、フェンスを乗り上げる形で押し倒しています。

 

20230910 いわき市内郷宮町

この地域に床上浸水をもたらした、宮川。

川の水面から天端までは、2-3mくらい。
堤防はありません。
川にすぐ隣接して、民家が建てられています。

 

 

それでは、この地域のハザードマップを見てみましょう。

いわき市内郷宮町ハザードマップ土砂災害

国土交通省 重ねるハザードマップ いわき市内郷宮町 土砂災害(2023年9月時点)

上記画像内で、
川は左から右に流れています。
2つある学校マーク【文】のうち、
右側が、内郷第二中学校
左側が、宮小学校。

 

集落の後背には里山があり、土砂崩れの危険性が示されています。

 

いわき市内郷宮町ハザードマップ洪水

国土交通省 重ねるハザードマップ いわき市内郷宮町 洪水(2023年9月時点)

なんと、宮川の洪水の可能性は、ハザードマップ上では示されていません。

 

 

ハザードマップは不完全

ということで、上記で見てきたように、河川が氾濫した箇所は、

ハザードマップ上で氾濫可能性が指摘され、想定浸水深の範囲内だったところもあれば、

ハザードマップ上では氾濫可能性は指摘されていなかったところもありました。

 

 

「ハザードマップがおかしい!」ということでは決してありません。

 

ハザードマップは、ある一定の前提条件の下での被害シミュレーションを示したものに過ぎません。

雨の降り方が一様ではないように、前提条件を決める要素には多くのものがあり、ありとあらゆる前提条件を想定して、ありとあらゆる全てのパターンのシミュレーションを行うことは、現実的ではありません。

 

しかしながら、分かってはいるのですが、ハザードマップが示すレベルを超えた被害が生じた、という事実は、猛烈にショッキングーであります。


広島市豪雨災害伝承館を訪問

2つ前のエントリ「平成26年広島市豪雨土砂災害現場を9年ぶりに訪問」で述べたように、広島市豪雨土砂災害の現場を9年ぶりに訪問した後、

 

広島市豪雨災害伝承館へ。

展示物は、テキスト+写真のパネル、動画がメインで、これらの情報のほとんどは、ネットで調べれば見ることが出来る。

唯一面白かったのは、災害現場の写真集の冊子で、撮影した場所の地図や解説も付け加えられていた。これは見ごたえがあった。

 

 

この施設は、ちょうどこの訪問日に開設されたばかりで、記念講演会があるので、これを聴講するのも、今回の訪問の目的の一つだった。

広島大学の防災・減災研究センター長の海堀正博特任教授
広島地方気象台の中村浩二台長

 

幾つか面白い話を聞けたので、以下にメモ。

 

  • 防災対策のパラドクス

津波に備えた防潮堤、川の氾濫に備えた堤防、土砂崩れに備えた砂防ダムといったように、防災対策を強化すればするほど、避難の必要がなくなったと思われ、居住エリアが広がり、新たな人家が建てられてしまう。
防災施設は、それぞれ一定の条件の下に造られており、限界がある。ある程度までしか守れない。
土砂災害防止のために、自然的な素因を変えることは不可能。社会的な素因をいかにして減少させるか。


所見:だからこそ、レッドゾーンのみならずイエローゾーンについても、新規居住を制限した上で、既存の住居の居住者に対しても政策的な移転誘導が必要なのではあるまいか。

 

  • 避難指示を出すタイミングの判断は困難

平成26年広島豪雨災害においては、避難勧告(2021年にこの用語は廃止され、避難指示に一本化されている)が遅かったために犠牲者が多くなったと言われていた。
しかしながら、豪雨の夜中に避難することで、別種の被害が生じた可能性もある。
そして、避難指示が早過ぎても、空振りの印象を残しがちになり、オオカミ少年効果を生んでしまう。


所見:行政に対して、完璧な避難指示を求めるのは無理。各家庭毎に、自分たちでリスクを背負った上で判断するしかない。行政の避難指示は、一つの判断材料程度と考えるべき。

 

  • 住民の災害に対する危機感の向上は難しい

今までの経験から、
ハザードマップの公開だけでは、だめだった。
過去の災害を示す石碑も、だめだった。


所見:まあその通りなのですが、頑張るしか無いですね。地方政治家として肝に銘じます。

 

  • 線状降水帯は現状では予測困難

発生メカニズムは未解明。従って、予報モデルが確立していない。
我が国においては観測体制も不十分。
「前線が居座っている」という表現が用いられことが多いが、風は常に吹いており、積乱雲は移動している。積乱雲は、誕生→発達→縮小→消滅のサイクルを繰り返している。たまたま同一地域において、発達した状態の積乱雲が線状に並んで居座っているように見える状態が、線状降水帯。


所見:スーパーコンピュータをたくさん買えばいいんじゃね?と思っていたのですが、モデルが確立しておらず、観測体制が不十分ということであれば、そんな単純ではないのですね。

 

  • 広島地方気象台は、県内市町村の首長とホットラインを築いている

台長が、年に1回ずつ、すべての首長を訪問している。台長と首長がトップレベルで直接電話で話せる人的関係を築き上げている。


所見:へー、これはすごいですね。広島地方気象台だけの体制なのか、この台長が個人的に力を入れていることなのかは分かりませんが、埼玉県でもやって欲しいですね。
地方気象台というのは、概ね都道府県に一つずつあり、埼玉県の場合は、熊谷市に熊谷地方気象台があります。
熊谷地方気象台の台長と、蕨市長が直接会ったり電話で話したりしているのかは、存じませんが、そのような話は聞いたことはないですね。この種の他の行政機関との連携については、市長が日共だとほぼ不可能に近いくらい極めて困難であり、日共党員の市長を抱える蕨市における大いなるディスアドバンテージです。共産主義者は、既存の秩序を破壊して社会を転覆し革命を起こすことを第一義に考えていますので、他の行政機関からは、連携・コミュニケーションは根本的に不可能だと見なされています。

 

 

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講演会の様子。

 

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講演会の後は、地元の梅林小学校の生徒によって、自分たちが考えたの防災対策の発表会が行われました。

 

 

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県営緑ヶ丘住宅の片隅に立つ慰霊碑。


平成26年広島市豪雨土砂災害現場を9年ぶりに訪問

平成26年(2014年)8月20日の豪雨により、77名の方がお亡くなりになるほどの大規模な大規模な土砂災害が広島市で発生しました。

私は、平成26年(2014年)9月2日に現場を視察してきたところですが、このたび、広島市豪雨災害伝承館がオープンするというニュースを目にし、9年ぶりに当地を訪問し、復旧復興の様子を視察して参りました。

 

 

被災地である八木・緑井地区の概要

広島市は、平地部分が狭く、人口増とともに、山間部の斜面に分け入るように住宅開発が進んできました。

豪雨災害の代表的な被災地である、八木・緑井地区も、そのような斜面の谷筋の新興住宅開発地域です。

たびたび氾濫を起こした太田川、幹線国道54号線、JR可部線と、山並みが並行しております。

高度経済成長期に、山並みの谷筋が宅地開発されていきました。

 

この地は、広島市の中心部からは電車あるいはバスで(どちらでも行ける。時間も同じくらい)40分くらいです。太田川に沿った幹線道路である国道54号線には、全国どこでも見かけるような郊外型ロードサイドチェーン店が立ち並んでいます。

落ち着いた郊外住宅地域といった感じです。

斜面の谷筋が宅地開発され、立ち並んでいる家々は、高度経済成長期に建てられた古い家もあれば、世代交代とともに建て替えられたような新築家屋もあります。

また、単身者を想定したようなアパートもあります。

 

当地では、過去の土砂崩れの歴史を知らせ、子孫に対して注意を促す伝承があったようですが、世代交代とともに警戒が薄れていったようです。

また、特に被害が大きかった八木地区には県営住宅があるのですが(今でもある)、

・県営住宅があるくらいだから、たぶん大丈夫なんだろう。
・行政が宅地開発を許したわけだから、たぶん大丈夫なんだろう。
・既に他にも人が住んでいるし、たぶん大丈夫なんだろう。

と、この地域の住宅を購入して引っ越してきた方々の思考プロセスにおいて正常化バイアスが働いていたことが、様々なインタビュにおいてレポートされています。

 

 

被災地の復旧

9年も経っているので、もはや、被災した当時の爪痕のようなものはあまり残っていません。

しかしながら、そこかしこに空き地がありました。

 

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2014年9月の八木用水
堆積した泥をバキュームしていました。

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2023年8月の八木用水

 

 

未だに路面に土砂が堆積している・・・といったことは無く、この地域の古い農業用水である八木用水には、今では透き通ってきれいな水が豊かに流れていました。

郊外住宅地であり、平日の昼に訪れましたので、そこらを出歩く人の姿は、下校途中の小学生くらいであり、落ち着いた静かな雰囲気でした。

 

 

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2023年8月
こちらは、家を取り壊した後、再建せずに引っ越ししたのでしょうね。

 

 

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2023年8月
こちらにあった家の方がお亡くなりになったようで、お花が備えられていました。ご冥福をお祈り申し上げます。

 

 

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2014年9月
床上浸水したようで、ドアの下部30cmくらいに泥水の跡がついていました。

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2023年8月

 

 

DSCN9057

2014年9月
光廣神社

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2023年8月

 

 

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2014年8月
この社宅風の築古アパートは、1階に土砂が流れ込み、2階壁面にまで泥はねがついていました。

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2023年8月
取り壊されて更地になっていました。
過去のgoogleストリートビュを遡ってみると、被災後数年間は、1階の入り口・窓にベニヤ板を打ち付けたまま空き家となっていた模様です。

 

 

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2014年9月
家々の間を流れる狭い水路。
陸上自衛隊と警察が、堆積した泥に長い棒を突き刺しながら、行方不明者の捜索をしていました。

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2023年9月

 

 

谷筋に設けられた、砂防堰堤

冒頭にembedしたgoogle map衛星写真を見ると分かるように、谷筋にはやたらと立派な砂防堰堤が建てられまくっています。

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砂防堰堤設置工事は、ほぼ完了しているようでした。

 

 

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JR可部線 梅林駅から山並みを見る。
住宅街の上の方に巨大な砂防堰堤が設けられているのがよく見えます。

 

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住宅街の上の砂防堰堤。

全国あちこちの、似たような地形に位置する住宅街上部の砂防堰堤と比べても、異常なくらい巨大です。

もちろん、かなりお金がかかっているものと予想します。

 

この種の公共事業は、防災設備・交通信号などどのようなジャンルにおいても、ひとたび人的被害が生じると、将来の再発可能性の高低に関わらず、その箇所に事後的に大きなお金が投じられる傾向にあります。

 

 

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多重構造の砂防堰堤。

 

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こちらはまた別の箇所の砂防堰堤。

 

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これが最も大きな砂防堰堤でした。

最も大きな土砂崩れが発生し、大きな被害が生じた、県営緑ヶ丘住宅の上部です。

この一帯の谷筋には、土砂崩れに流されずに被害を受けなかった家も何軒かあったのですが、これらも全て移転させた上で、このような大規模な砂防堰堤を設置したものです。

 

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一つ上の写真の堤のすぐ上部には、このような広い遊水地のような空間が広がっています。遊水地と言うよりも「遊土砂地」ですね。

 

20230831135549

この「遊土砂地」を上から下に向かって見たところ。

このような、谷筋に巨大なプールを設ける形の砂防堰堤は、見たことがありません。
これは、かなり大きな規模の土砂崩れにも耐えることが出来るでしょう。

 

島原市で見かけた、普賢岳が噴火して火砕流が街に流れてくることを想定した巨大なプールである、水無川砂防ダムと同じような考え方、造りです。

 

 

雲仙普賢岳には2020年12月に妻と登りました。
今でも噴火口は煙を吐いていますが、火山活動は安定しており、山頂の溶岩ドームを望める位置まで登ることが出来ました。

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2020年12月に訪れた、島原市の水無川砂防ダム。
一面を枯木、枯れ草が覆っている、この写真の全体が、火砕流を溜め込んで市街地に流れるのを防ぐための巨大なプールとなっています。

 

 

広域避難経路が建設途上

(c)広島市復興工事事務所だより 平成28年9月号より

(c)広島復興工事事務所だより 平成28年9月号

広域避難ルートとして、
・山並みに並行して、都市計画道路 長束八木線
・山並みに垂直に、都市計画道路 川の内線

の築造工事が進められていました。

これらの都市計画道路は、豪雨災害後に計画が立てられたわけではなく、それ以前から計画は存在していたものの、移転交渉などが難航して、事実上、ほとんど進捗していなかったようです。

豪雨災害発災を契機に、避難ルートの必要性の認識が高まり、一気にスピードアップして建設が進められたようです。

 

 

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都市計画道路 長束八木線。

一部開通、一部は既存家屋移転も未着手といった段階でした。

 

この道路の地下には、かなり径の太い雨水管渠が築造されています。

こちらの方が、写真付きで解説してくれています。

 

 

20230831130259

ここから先は、まだ家屋移転も行われていません。

 

 

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都市計画道路 川の内線。

なぜ、敢えてコスト高な橋上路としたのかは不明ですが、土石流に埋まっても避難できるルートを確保した、ということなのかもしれません。

 

 

 

所見

この斜面の住宅地は、全域がハザードマップでは黄色なのです。
すなわち、土砂災害防止法における、警戒区域(イエローゾーン)です。

特別警戒区域(レッドゾーン)では家屋は建てられませんが、警戒区域では建てることは可能です。

 

これから益々人口減少が続き、住宅ストックが過剰になりつつあることが確実な中で、これからも警戒区域に人が住み続けることに合理性はあるのだろうか?

 

政策的に、自然災害の危険性が高い地域から、安全な地域へと、人の移住を促していくべきと思料。

(都市工学上の真の意味での)コンパクトシティ政策を、災害対策という観点からも進めていくべきと思料。